ある日々の終わり24
想定外だったのか、余裕がなかったのか、奴は驚くほど無防備にこの一撃を受けた。
流石に転倒させるには至らなかったが、それでも俺の頭を真っ二つにすることは出来ない程に、斬撃のタイミングと方向はずらすことが出来た。
「ぬあっ!!」
だがそれでも、攻撃自体は行われる。
奴は俺を振り払うように剣を振り下ろし、俺も無理に食らいつきを続けずに離れると、今度こそ同時に構え直して再度間合を詰めた。
奴は再びの鋤の構え。俺は臍よりやや下の下段。
「!?」
その姿に、奴は一瞬戸惑ったようだった。
基本的に下段は防御的な構えだ。そして、大上段に振りかぶられた場合、嫌でも――命よりも下段の構えが大事な場合以外は――構えを崩す必要がある。
当然、奴もそれを知っている。だから俺がその構えのまま、頭を差し出すように突っ込んできた時には、ほぼ反射的に剣を上げようとした――その瞬間、護符の加速を俺に出来る最大で行う。
「ッ!!」
下から掬い上げるようにして切っ先を喉へ。
即座に奴は意図を理解した奴が行動を変える。
手に取るようにわかる奴の考え=下から体ごと突き上げる気でいるのなら、上から抑えて、そこから得意とする互いの武器が触れ合った状態へ持っていく。
そのための反応は恐らく反射的に行われる。そしてそこからの技は10や20では効かない。
「――ッ」
だが、その前提をたった一つの動きで崩す。
奴が抑えに来た瞬間に、手の内の動きで再び奴の指を狙う。
「ッ!!」
ほんの僅かな手の内の調整。
持ち上げる動作のまま、右手人差し指のトリガーを引く動きでひょいと切っ先を持ち上げる。
「あっ――」
そしてそれが奴の剣とすれ違ったと見た瞬間に、雑巾を絞るように手の内を締める。
今度こそ感じた、確かな手応え。
そして場違いなほどに呆気ない声と共に、奴の手から噴き出す夥しい血と、がくんと首を垂れるように下を向く奴のロングソード。
「――あああっ!!っぐぅ!!」
少し遅れて聞こえたそれが、剣士としての奴の断末魔だった。
最早剣の王はいない。
ここにいるのは、ただの哀れで小ずるい老人だけ。
「はああっ!!」
そしてその老人の命も断つ。
更に踏み込んで最早守るものの無くなった奴の頭に正面打ちに斬りつける。
「ぐうぅぅっ!!」
撤回しよう。まだ剣の王は死んでいない。
奴は瞬時に剣を手放した右手を上げると、その籠手で斬撃を受け止める。
「……ッ!っぁぁぁあああああ!!!」
咆哮。なりふり構わず俺の刃を四本指の右手で握る。
そしてそのまま、左手一本で渾身の突き――剣の王の最後の意地。
その一撃が、本当に剣の王の最後の最後だったのだろう。
「ぐぅ……ッ!?」
でなければ、回避動作が僅かに遅れるこちらの呼吸の瞬間を確実について右わき腹を大きく切り裂いてなどいくものか。
「ぐっ……っぁあああああああ!!!!!」
「おおおおおあああああっっ!!!」
互いの絶叫が炎に照らされる。
奴が更なる一撃を加えんと剣を大きくテイクバックした時、リアクティブアーマーの再展開が完了した。
今しがた生まれたばかりの傷口の上に、寸分違わず叩き込まれた横薙ぎの一撃は、爆発によって持ち主の手の中からもぎ取られた。
「ああああああっ!!!」
残ったのは俺の咆哮。
腹の激痛をそれで一秒だけのつけにして奴に密着。
そのまま、これまた昔取った杵柄=刀を手放し、組み付いて大内刈り。
この世界では見た事のない技。恐らく奴にとっては未知の体術。
それによって仰向けになった奴のすぐ横=べっとりと血と指先が付いた俺の刀。
「おおおっ!!」
二人同時に刀に手を伸ばす。
距離が近いのは奴。先に触れたのも奴。
指が健在な点でしっかりと柄を持ってもぎ取ったのは俺。
奴を地面にピン止めするように、奴の鎧を踏みつける。
何とか引き剥がそうとする奴の左手――分かり切った動き。
「スカベンジャー……ッ!!」
奴が俺を呼ぶ。
一体どういう感情が込められていたのか、きっとそれを一言で表す言葉は存在しないのだろう。
こんな目で睨まれ、こんな声で叫ばれるような体験をしている人間ばかりのはずがない。
俺の回答は一つだけ。
「ッ!!!」
右逆手に持った刀の柄頭を左手で包み込み、杭を打つように奴のかっ開いた口をそれで貫いただけだった。
「……そうだ」
奴の目が限界まで見開かれてこちらを見ていた。
「俺はゴミ漁りだ」
その目が、ただこちらに向けられた二つの玉になるまで、俺は突き下ろした手から力を抜かないでいた。
「――ゴミじゃねえ」
ゆっくり、ゆっくりと、ゴミ共の英雄だった男から刀を引き抜いた。
汚らしいゴミ漁り。
後ろ指をさされる日陰者。
決して褒められる事のない悪党。
「……死ぬ前に自覚した分、お前らよりはましだ」
踏み越えた死体に吐き捨てて、俺はその場に座り込む。
刀を地面に突き立てて、それを杖にするようにして。
「……終わった」
ぼそりと漏らしたその声は、ひどく疲れた時のそれに似ていた。
「終わった……」
燃え盛る背後を振り返ろうとする。
いや、それよりも前に血を流し続けるわき腹を何とかしなければ。
確か胸嚢に回復薬を入れておいたはず――ああ、だがもう無理か。
「……」
あぐらすらも辛くなってきた。
その事に理解した途端、俺の手は柄を滑り落ちた。
そしてその事と、仰向けに倒れたという事を感触で理解した。
終わった――三回目を口にしたのかどうかは分からない。
分かっているのはただ一つ。俺は微かに、安心感のようなものを覚えながら意識を投げ出したという事だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは今日の夜に