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虫鬻ぐ姫君3

 「いらっしゃい」

 「男一人」

 代金を支払って中へ。

 若い男が一人、開店直後の公衆浴場へ。その事に対する視線は意外なほどに冷たくない。

 冒険者という仕事が普及しているが故か、貸倉庫に預けるまでは武器を携行しているが故か。

 とにかく中へ。石鹸売りから一回分の石鹸と髪と体兼用の油の入った土の小瓶を購入して洗い場に入る。


 先客は同じような冒険者風の男たちが何人か。

 断片的に聞こえてくる会話――誰それの能力は凄い。俺も誰それと同じような能力が欲しかった。それでも何もないはずれよりはマシ云々。

 「……」

 生まれ持った能力は絶対だ。

 そしてその才能如何によってその後の人生は大きく変わってくる。生まれつき優秀な能力を持った者=当たりは持て囃され、そうでない者ははずれとして扱われる。

 そして当たりの者は王侯貴族や有閑階級をパトロンにすることも出来るし、そうした後ろ盾があれば妬み嫉みすら表立って言えなくなる。


 結局、夢があるように見えて生まれが全ての世界だ。

 そこでの一発逆転を狙えるのなら、成程護衛に3アウル払っても利益が出るような価格の怪しい虫でも欲しくなるだろう。


 ふと、彼等の方に目をやり、そして考える。

 今からでもどこかのパーティに潜り込めないだろうか。

 これまで何度も考えた事、そして今回もまた同じ結論にたどり着く話。


 護衛の仕事を請け負っておいてこんなことを言うのはおかしな話だが、そもそも俺に与えられた能力は集団での戦闘に向いていない。

 故に前のパーティでも近くに味方がいる状況では極力能力は使わず、魔石や魔術薬による一時的な強化に加えリアの魔術支援下での切り込みをメインとしていた。

 皮肉な話だが、協働に向かない能力を持つが故に、味方の支援を当てにした戦術を取らざるを得なかった訳だ。


 そしてその事が今は非常に大きなネックとなる。

 有力貴族の後ろ盾を持つ、今を時めく若手のホープに嫌われるリスクを冒してまで、協働に向かない能力しか持っていないが故に魔術による支援を受けながらの白兵戦しか出来ない人間を雇い入れるところなどない。

 「……」

 結局、俺はもう冒険者とは程遠いスカベンジャーなのだ。

 その事を再認識すると、さっさと体を洗って風呂を出る。

 ならやることは一つしかない。スカベンジャーとしての仕事を全うする事だ。


 翌日、約束通りの時間に町の門の前へ向かうと、既に二人の姿があった。

 「やあ、今日はよろしくね」

 こちらを認めたジェルメが、山賊の出現場所に向かうとは思えないリラックスした様子でそう俺を向かえた。

 昨日の馬車はどこにもなく、彼女の荷物と言えば小ぶりな革の背嚢=リュックサックを一つ背負っただけ。

 荷馬車を連れていてはすぐには動けないし、山中で小回りも利かないという事だろうが、ハイキングにでも行くかのような気楽な持ち物で、一応腰に小ぶりなダガーを提げてはいるが、戦闘用と言うよりもちょっとした作業用と言った代物だ。少なくとも、昨日の山賊ども相手に斬った張ったするようなものには見えなかった。


 そして俺よりしっかりとボディーガードをするように彼女の側から離れないその相方=シラはと言えば、こちらも身軽なものだけ。俺と同じような五六式弾帯風の胸嚢だけ。武装こそ目立ったものはしていないが、その着こなした様子は冒険者のそれと変わらなかった。


 合流後、ほどなくして開門を告げる鐘が鳴り響くと、俺たちと同様にその時を待っていた者達が一斉に門へと向かった。

 「はい並んで。一列だ」

 衛兵たちがそれを捌いて、一人ずつ検問に通す。慣れたもので、ほとんど流れ作業のような質問と手荷物検査だけ。

 実際、町から出るのに関してはそれほど重大な検査事項はない。

 精々手配犯か否か、或いは何か禁制品を持ち歩いてはいないかということぐらいで、町に入る時のそれに比べれば随分簡単だ。

 まあ、彼ら衛兵の仕事は町の治安維持であって、外に出ていく者に関してはそこまで重要とは見なしていないのだろう。それこそ、そのシンプルというか手抜き気味な検査で引っかかる者以外はお好きにどうぞ、と言った様子だ。


 やがて俺たちの番がやって来る。と言っても俺の検査は極めて簡単。ほぼ顔パスと言っても過言ではない。

 「はい、冒険者ね。依頼?」

 ギルド証を見せて本人確認を終えれば、質問はそれだけ。

 対する答えは、後ろを示しての簡単すぎる説明。

 「こちらの依頼人を護衛してノマリア峠を越える」

 「成程、知っていると思うがあそこは物騒な話も聞く。気を付けてな」

 それで終わり。

 この町における冒険者ギルドの信用とは大したもので、何かあればギルドが身柄について責任を持つというだけでこの扱いだ。そしてそれは、多少の差こそあれ大概どの町でもそこまで違いはなかった。

 今や冒険者たちが携行しているギルド証は国の発行する証明書=身柄証明書や渡航許可証と同じか、それに準ずるだけの効力を持っている。


 その比較対象が外交官や中央の官吏などが任務のために持たされるか、或いは何らかの事情により所謂VIP待遇を受けている者を対象としているという事を思えば、これに限定して言えば冒険者は特権階級と言ってよかった。


 俺が終わればその後は二人。

 俺より多少面倒なやり取りをしてまずジェルメが門をくぐる。

 荷物を改め、当然のように出てきた今日の取引商品=例の虫を見咎められるが、薄気味悪さを何とか誤魔化してそれを指摘する衛兵に、彼女は慣れた口上、即ち魔術研究をしている得意先に注文された希少な薬酒を届けに行くと立て板に水。

 ついでに薬を扱う上で必要な書類も提示して、自らが薬売りであることを示した上で門の外へ。その間も愛想よく協力的な姿勢を崩さない。堅気の薬売りという表の顔は完璧だった。


 「やあお待たせ。あとはあの子だが……ああ、来た」

 外で待っていた俺と合流したところで後ろを振り返るジェルメ。

 殿(しんがり)を務めるシラは俺のそれと大差ない簡単さで通過した。

 彼女は冒険者ではないが、「前の人の使用人です」「荷物は山歩きに必要なものと多少の自家用の薬だけです」で通す。

 ――能力者であることは隠し続け、あっさりと通過。


 厳密に言えばギルドに登録していない能力者は違法なのだが、そこに触れられることもない。

 「あの子の雇用証明を私が持っているからね」

 その様子を見ていた俺の頭の中を読んだようにジェルメが言った。

 この世界の労使関係において、労働者の身分証明などそれで十分だ。


 ともあれ、無事に町からでた俺たちは、そのまま昨日の道を逆走するように森の中へと足を踏み入れた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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