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新世界へ10

 だが、戦う必要はなかった。

 「逃げろ!早く!!」

 「ひぃぃぃっ!」

 ようやく逃げ出せた山賊たちが、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。


 「もういい。もういいよ」

 そして、先程のものとは異なる女の声。

 「しかし……」

 「これ以上は必要ない。私も荷物も無事だ」

 振り返ってみると、次の山賊をねじ切ろうとしている蛇女の横にもう一人、フード付きの外套を纏った人物が立っていた。

 恐らく馬車の中に隠れていたのだろうその人物にそう言われて、蛇女は掴んでいた山賊を放り投げる。

 「ぐうっ!!」

 地面に叩きつけられた山賊。

 恐らく相当なダメージだろうが、それよりも恐怖心の方が勝った。

 「げほっ!ごほっ!……お、お、お助けぇぇぇ!!」

 むせ返りながら命乞いを叫んで森の中に逃げていく。


 その姿を見送ってから、フードの方が蛇女に続けた。

 「見ての通り傷一つない。シラと……そっちの人のお陰で」

 シラと呼ばれた蛇女と目が合ったのは、その人物がそれを言い終わるのとほぼ同時だった。

 「ちっ」

 思わず舌打ちしながら正対して構えなおす。シラがこちらに四匹の鎌首をもたげさせたのに合わせて。

 首を突っ込んだのはこちらではあるが、結果的に敵を減らした末に殺されてはたまったものではない。


 「はいはい、やめなさい」

 だから、すぐにフードの方が相方を止めに入ってくれたのには助かった。

 相手が蛇たちを引っ込めるのを合図に俺も刀を降ろす。

 そして、二人とも交戦の意思はない事を示したのを確かめてから、フードの方が俺に向かい合い、これまで便宜上呼んでいた呼び名の由来を脱いだ。


 「ご助力、感謝いたします」

 そう言って跪く動作は、とてもこんな森の中にいるとは思えない洗練されたものだった。

 彼女の正体は不明だが、夜な夜な森の中で山賊どもと殺し合いを繰り広げるより、貴族の社交界にいてもおかしくないような立ち振る舞い。


 それに驚いていると、すっと顔を上げ、立ち上がる。

 こちらの世界には珍しい、やや癖のある濡羽色の髪を耳位の高さで肩甲骨の辺りまでのポニーテールに結った若い女。

 その顔立ちも間違いなく珍しい方に入る――美しいという意味と、普通は女の顔には見かけない程の大きな刀傷が左眼を縦断しているという意味で。

 その目を引く傷が原因なのだろうか、左の瞼は常に閉じられており、微笑みを湛えた右目だけが俺を見ている。

 だがそれに痛々しい印象も、恐ろしい印象もなく、むしろ却ってその顔立ちを引き立てているようにも思えた。


 とまあ、見惚れている場合ではない。例え相手が敗走したとしても、騒ぎを起こした場合の鉄則はすぐにその場を去ることだ。

 「それじゃ、俺はこれで」

 そう言って踵を返そうとしたところで、件の女に呼び止められる。

 「どこか行くあてが?」

 あるかと言われればないと言わざるを得ない。

 それを見抜いたのか、彼女は蛇女の方を馬車に向かわせながら言った。

 「この森を抜けた先に、私たちの取っている宿があります。良ければ一晩そこで」

 有難い申し出だが、だとすると引っかかる点が一つ。

 こいつらは宿をとっているにも関わらず、こんな夜の森の中で何をしていた?

 この辺りは使う者もいなくなった旧街道だ。当然ながら、迷い込む以外に訪れるものなど、そうした者を狙った先程のような山賊どもぐらいのものだろう。

 ――或いは密航者か、それに類する者。


 「……ご安心を。ここにいたのは商談のため。宿は知人のやっている正規の許可を得た店ですので」

 俺の考えを見透かしているのか、そう追加してから女は笑った。

 その顔にどこか得体の知れなさを感じたのは、俺の勘違いだろうか。

 「……それなら、お言葉に甘えさせて頂きます」

 まあ、テントを失った以上その申し出が助かるのは事実だ。

 刀を納め、彼女と共に蛇女が回頭した馬車の方へ。


 「ご挨拶が遅れました。私は薬売りのジェルメ、こちらの者はシラと申します」

 改めて頭を下げるフードの女改めジェルメ。紹介されたシラもそれに倣う。既に敵意はないようで、展開していた四匹の金属の蛇も今は一匹残らず消えていて、ジェルメと同じような外套を羽織っている。


 改めてその姿をよく見ると、まだ年齢は17かそこいらだろう。少なくとも二十歳は越えていない。

 だが子供らしいというよりも、堅物というか生真面目というか、頑固そうな印象を受けるのは、その引き結んだ口と、翡翠色の瞳でこちらを見ている鋭い切れ長の目元によるものだろうか。

 アッシュグレーの髪の両耳の辺りを長く垂らし、うなじの辺りで一本結びにして、その先端は背中を縦断している。

 「一ノ瀬勇人です」

 思えばちゃんと人に名乗ったのなど随分と久しぶりな気がした。


 幌付きの二輪馬車を引きながら森を抜けると、件の宿屋はすぐに見つかった。

 と言うよりも、森を出た外に設けられているアルメランの砦のすぐ隣だ。

 この世界の街は大概の場合は魔物や山賊に備えて石や土による壁で囲まれているが、その外にも防備を張り巡らせている。

 その一つがこうして郊外に設けられる砦や監視塔と呼ばれる施設だ。

 大概の場合こうした場所も壁に囲まれており、街の言わば支城として機能するだけでなく、その多くは冒険者たちの前進基地としての機能を有している。

 その規模はピンキリで、ただ単に野営スペースを設けているだけの場合もあれば、今回のように宿屋が併設されているケース、更に発展すると、砦や監視塔を中心にして新たな街が産まれ、さらにその周囲に砦を設けるケースも存在する。


 この砦はその中では小さい方だろう。石塁とその奥に砦が一つ。ここに数人の衛兵が詰めているだけの簡素なもの。その詰め所の向かいに位置するのが件の宿屋だった。


(つづく)

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