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新世界へ9

 事が始まったか。誰だか知らないが不幸なことだ。

 だが、その不幸を利用させてもらう。そいつらにかかずらっている間は、少なくともそこにいる山賊どもはこっちには来ないだろう。

 ――だが、声の様子がおかしい。


 聞こえてくるのは無数の声。これは別にいい。山賊が数を頼りにしても何も不思議ではない。 現に先程、一人で眠ろうとしているところを二人がかりで襲われたのだ。

 聞こえ始めた声はそれを証明するかのように互いに怒鳴りあいながら囲め、囲めと指示を飛ばしている。


 だが、その声のほとんどが程なく悲鳴と絶叫、そして命乞いに替わったというのはどういう事だ。

 そして更に厄介なことに、その声が聞こえてくるのが俺の進行方向で、他の道は反対側=先程の二人組が駆けてきた方向=後続に出会う可能性が高い方向だった。


 「どうするか……」

 少し考えてから、俺が選んだのは前進だった。

 後方に逃げて山賊に鉢合わせた場合は一人で対処しなければならないだろうが、正面の者なら上手くすれば山賊の相手を押し付けて逃げられるかもしれない。もし言葉の通じない怪物ならすぐに来た道を戻ればいい。戻った先に山賊がいれば連中に押し付けてしまえばいいし、いなければ一目散に田舎町に舞い戻ればいい。どんな田舎でもこの世界では町の出入り口に不寝番ぐらいはいるものだ。


 念のため刀は抜いたまま八相に近い形で担いでいく。いざという時に手放さないよう、柄頭に着けたストラップを左腕に通しておくのも忘れない。

 森の中の道だけあって夜目を利かせても昼間の街中のような視界を確保できるわけではないが、それでも少し行けば何が起きているのかは分かる。

 ――そして、現れたのが大方想像通りのものだったということも、また。


 「……」

 近くの木に身を隠し、すぐ目の前に広がる光景にじっと目をやる。

 「に、逃げろ!!」

 「化け物め……!!」

 恐らく先程数を頼みに襲い掛かったのだろう山賊どもが、今はごく僅かな生き残りだけが悲鳴を上げながら逃げようとしては、彼等の言う化け物の餌食になっていた。

 「ひっ!?はっ、放せ!放し――」

 また一人、その餌食が増える。

 恐らくそいつの足位はあるだろう太さの触手――というか、金属のような光沢を持った蛇のようなものが、逃げようとするその山賊の胴体に巻き付くと、大の大人一人を軽々と持ち上げていく。

 そしてその蛇に手を――というか体を――貸すように、同じような蛇がもう一匹、今度はそいつの首に巻き付いていく。

 こちらも胴体の方と同じだけの力を持っているのだとすれば、恐らく人間の首位簡単に折れるだろうという事は、捕まった奴の下に転がっている無数の死体が物語っていた。


 「ひっ、がっ……」

 その予想通り、首に巻き付いた方の蛇が山賊の呼吸を止める。

 だが当然、山賊連中は蛇と戦っていた訳ではない。

 恐らく狙っていたのだろう幌付きの二輪馬車の前に立つ人物=その蛇たちの根元、同じような蛇二匹に遠巻きに狙っているクロスボウや投げ槍に対し、金属製のようなそのボディーを盾にさせている女。

 恐らくただの女だと思って山賊どもが襲い掛かったのだろうそいつは、捕らえた山賊を自分の前に持ってこさせる――ちょうど正面からの攻撃の盾になるように。


 「お前は……を狙った。……を傷つけようとした」

 誰かの名前を口にしたようだがそこは聞きとれない。

 だが恐らく、そいつにとっては非常に許しがたい行為だったのだろう。

 「ぎっ――」

 ただその奇妙な音だけを残して、宣告を受けた山賊の首がペットボトルの蓋のように回った。


 「次」

 その事には興味を示さず、一瞬のうちに肉塊になった元山賊を、腰を抜かしているその仲間の方へと放り投げる女。

 「化け物か……」

 思わず漏れたのが己の声だと気付くのに、一瞬の時間を要した。

 俺自身先程は容赦なく斬った。だが、仮にあの女と同じ能力を持っていたとしても、一々顔を覗き込んでなぜ死ぬのか伝えてやるつもりはない。

 何がそんなに許せないのかは分からない――まあ、山賊に襲われたら許せないのは当然だろうが――が、少なくともあれ程の事をする相手に接近するのは賢い判断ではないだろう。


 当初の予定通り、あいつに山賊どもを押し付けて逃げよう。

 「ッ!」

 背後に物音を聞いたのは、まさにその判断を下した瞬間だった。

 「ちぃっ!!」

 振り向きざま、そちらに一歩跳び込んで、八相のように担いでいた刀を真一文字に薙ぎ払う。

 しっかり確認するのは手応えを感じてから。

 「がっ……あ……」

 再度振り向いた時、僅かな断末魔を残して倒れていく山賊が一人。

 そして同時に認識したもの=その両脇にいた残された二人が向かってくる。


 「っし!」

 反射的に左の二の腕に巻き付けた呪符に手をやる。

 この世界には能力者の持つそれとは似て非なる魔術と呼ばれるものが存在し、こちらは訓練次第で誰でも扱えるようになる。

 が、その訓練には初歩的なものだけでも三~五年程を要する以上、専門教育を受けた者でなければ中々簡単に使えるものでもない。

 そういう者がその効果を得るためには、先程の魔術薬やこうした呪符を用いるのが一般的だ。

 実際、一時的に使用者の身体能力を底上げするこの呪符に触れたことによって、世界は急速にスローに見え始める。


 「ッ!」

 それを利用して飛び掛かってくる二人のうち先行している者=斧を振りかぶっている方に飛び込み、薪割りのように頭上に振りかぶったその斧を持っている指に刃を振り下ろす。

 「あっ!!」

 親指以外の左右の手の指を斧と共に失ったそいつの背後に回ったところで、斬られたことに気づいたそいつが声を上げる。

 その背中を蹴り飛ばしてどかし、何とか反応して振り向こうとしているもう一人へ。立っている位置関係上、こいつも俺の斜め後ろにいる。

 そちらへの振り向きざまに右を逆手に持ち替え、剣を振り上げようとしたそいつの肋骨の隙間へ刃を差し込む。

 「ッ!!?」

 何をされたのか気づいたのだろうが、もう遅い。

 左手で柄頭を押し込んで内臓にまで刃を到達させると、ほぼ同時にそいつが崩れ落ちていく。


 「ふん……」

 そこから刀を引き抜いて、指を失って地を這う二人目の首に再度突き立てると、今度こそ動いている者は俺だけとなった。

 そこで背後から更に気配。それも複数。


(つづく)

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