プロローグ
その日は、いつもよりゆっくりと、日が大分高くなってから起き出した。
身支度もそこそこに、朝飯のために町に出る。この辺りに二軒ある酒場の、繁盛していない方に足を運んだ。
もう片方の店と値段は同じぐらい。メニューにも大した違いはない。それで客を取られるのだから相応の味だ。
とはいえ、それはあくまで相対的な話。とても食えたものじゃないなんてことは無い。
もうすぐ昼時だというのに閑古鳥が鳴く店内に入り、案内された窓際の席に着いてからオーダー。いつ以来か分からない程たっぷりの朝飯となった。
固ゆでのゆで卵が二つ。掌サイズの焼いた塩漬け肉が5~6枚に、ベイクドポテトが丸々一つ。パンも沢山。食後のデザートに杏のパイを一つと温かいお茶。
「ご馳走様」
こちらに来てから久しく聞かなかった台詞を口にして会計へ。
銀貨で支払い、あと一品、二品は頼めそうなぐらいの釣銭を用意しようとする女将を制する。
「釣りはいらないよ」
なんでそんな事を言ったのかは自分でも分からない。恐らくただの気まぐれだ。
――或いは、終わりが近いと思ったからか。
戸惑いながらも固辞せず受け取り、愛想よく送り出してくれた女将の声を背中に受けて店を出る。どうせ向こうには持っていかれないのだ。それなら誰かにいい思いをさせたやった方が有効活用と言うものだろう。
店を出てすぐ、恐らく張っていたのだろう衛兵共が遠巻きに囲んだ。
「何か?」
問いかけ――その怯えぶりをからかうつもりで。
こいつらは俺に怯えている。鉄の胴鎧と鋲を撃ってなめし革で補強した円盾を持って5~6人で囲んでも、2m以内には近づこうとしない。
まるで猿か猪の捕獲だな――心の中で苦笑した。山から下りてきたそいつらを取り押さえるために遠巻きに取り囲む人間たち。
動物相手ならそれでいい、だが仮にも俺は人間で、こいつらは重罪人である俺を捕らえに来たのだ。それが及び腰では仕事にならない――昔の職業柄、どうしても評価は手厳しくなる。
その上連中の後ろに控えているギルドの保安要員=冒険者ギルドの警察組織の要員でさえどこかおっかなびっくりにしているのだから、これはもうとんでもない大物になった気分だ。
「……で?」
一歩前に進むと、ざわめきと共に輪がさらに広がる。
「天下の往来だ。通行人の邪魔をするな」
人だかりができ始めているそいつらの後ろに目をやりながら笑いかけ、それから腰のダガーを鞘ごと引き抜いた。
「ッ!!」
あと少しで恐慌状態になっていただろう連中の足元にそれを放ってやると、犬の糞でも投げつけられたように飛び下がる正面の衛兵。
「しっかりしろ。投降する」
両手を上げて見せると、じりじりと狭まって来る周囲の輪。思わずため息。
「被疑者が武器を捨てて投降した。どうするべきだ?まず何をする?何の罪状で、誰が引っ張っていく?」
警察学校の教官よりだいぶ優しく次の動作を伝えると、ようやく我に返った一人が書簡を開いて宣した。
「一ノ瀬勇人、国王陛下とバンボルク首長の名において、バンボルク衛兵隊が複数の第一級殺人及び社会に対する重篤な破壊行動の容疑で拘束する」
「はい、良く出来ました」
その宣言が味方への激励となったのか、或いは周りのでくの坊共も自分の任務を思い出したのか、俺に詰め寄りようやく手錠をはめる。
能力封じ用の付呪がなされたその手錠をはめて初めて、彼らが安心できたのが手に取るように分かった。
――それにしても逮捕される側に回るとは、こっちに来る前は考えもしなかったものだ。
ため息を一つ。思えば随分遠くまで来たものだ。
(つづく)
前から気になっていたんです。追放ざまぁもの。それで出てきたのがこれなんです。
以前から漠然と温めていた構想に、ひねくれと判官贔屓と深夜の思い付きをプラスして、行きつくところまで行ってみた物語、開幕です。
どうか広い心でお付き合いいただければ幸いです。
※過去作品をご覧いただいた方へ
今回試験的に一話の文字数を2,000~3,000文字程度に収めてみようと思います。従来の短めが今回の通常の一話の文章量となります。