Ⅶ 白の城 2. 集合
プロミーとロッドが大広間に着いた時、すでにそこには前日までに到着していた先客たちが集まっていた。
古の騎士たちの祝宴の様子が描かれた大きな壁掛けの前では、黒いローブ姿の釣り眼の青年と、褐色肌の行商人風の少女が親しそうに話をしていた。少女のそばには、人の背ほどもある綺麗な大蛇が、用心棒のように付き従っていた。
「西大陸は面白い町でいっぱいね。このゲームが終わったら、今度ウィンデラへ行ってみたいわ」
「あまり商人が行くような場所ではないぞ……」
この二人はもともと知り合いだったのかしら、とプロミーは思った。
プロミーが彼らとはまた別の方へ目を向けると、白いローブの職人の少年が、一振りの輝く長剣を大事そうに抱えて持ちながら、二人の人たちに話しかけていた。一人は藤色の大きな本を腕に抱えた女性で、もう一人は左肩に青い鳥を乗せた三角帽子の少年だった。彼らの横では、古びた長槍を手に持った騎士のような青年が、腕を組み壁にもたれ掛かりながら、その様子を物静かに見守っていた。
「はい。即席ですが、頼まれていた魔剣のメンテナンスが終わりましたので、これをお返しします。やはりこれは、予想通り、大マイクロフトが古の青年王に捧げた剣でした。ずいぶん長い間――たぶん千年以上、もしかすると歴史から消えて以来ずっと、修繕を受けずに使い古されていたようですね。だから、よく今日まで残っててくれたなぁと驚きました! こんな世界遺産級の魔法アイテムを修繕できるなんて、職人冥利に尽きる思いでした!」
職人は、その由緒ある剣を三角帽子の少年にそっと渡した。
「お忙しいところを、徹夜させてしまってすみませんでした、パズルさん」
少年は魔剣を受け取るとぺこりと頭を下げた。そのやりとりを耳にした、先ほどの行商人風の少女が、その話に興味を覚えたというように、黄色い瞳を輝かせてこの会話に加わって来た。
「それって、二千年前に作られた伝説の魔剣よね? 青年王と共に消えたって聞いてたけど、実在してたのねぇ」
少女は、その世界遺産級と呼ばれた品を、目の肥えた商人の好奇心に満ちた眼差しで見つめた。その様子を見て、魔剣を抱えた少年は、それを快く少女に渡し、しばし貸し与えた。
「どうぞ」
少女はひととき魔剣を借り受けると、腰に結わえた巾着から半月型の金縁眼鏡を取り出して、とっくりとそれを観察した。その時にはすでに、プロミーとロッドと黒いローブの青年も、この少女の周りに集まってきていた。少女は古き剣を丁重に扱いながら「なるほど、本物は違うわねぇ」と目を細めて感嘆した。研ぎ澄まされたばかりの銀の刃からは、きらきらと光がこぼれていた。
その後、少女は剣を鞘に戻すと、今度はその巻き付く蔦のような細かい文様の刻み込まれた鞘を裏表じっくりと鑑賞した。
「この鞘にも、魔法が込められているのね。治癒魔法かしら。怪我を癒し体力を回復させる、という伝説通りね。ほとんど修繕を受けずに二千年を経ても、まだ魔法が作動するなんて、製作者の腕が確かな証ね」
それを聞いて若い職人は、まるで自分の作品が褒められたように喜んで、その剣の来歴を鑑定者に語った。
「そうなんですよ! これは、こちらの史料本製作者のリュージェさんが、剣の前の持ち主と賭けをして手にしたんですが、その前の持ち主の話では、この幻の魔剣は盗賊町ウィンデラの闇市場で手に入れたそうですよ!」
「なるほど、その時の試合は魔法本で読んだわ! でも、失われし魔剣があったなんて、さすがウィンデラねぇ」
かすかに口元をほころばせると、少女は先ほど一緒に話していた黒ローブの青年を振り返った。青年は、コホンと一つ咳払いしただけだった。商人は視線を戻すと眼鏡を外して、三角帽子の少年に軽く礼を言って魔剣を返した。
その隣でずっと話を聞いていた小豆色の瞳の女性は、眠たそうに生あくびをしながら、剣を受け取った三角帽子の少年に尋ねた。
「はぁぁ。ところでこの剣をどなたにお譲りするのですか、リアさん?」
リアと呼ばれていた少年は、今来たばかりであるプロミーたちの方に振り向いた。
「たぶん、これを持つのに最も適している持ち主にです」
そう言って少年はにこりと微笑み、その剣をプロミーの前に捧げた。
プロミーは少年がこちらを向いた時、てっきり当世一と謳われる騎士ロッドにその長剣を渡すものだと思っていたので、戸惑った。
「私より、できたらロッドさまに渡して下さいませんか?」
プロミーは少年の深いライムグリーンの瞳を見つめ、自分は辞退し、これを主に渡して下さいと訴えた。だが少年は、教え子を諭すように優しくプロミーに説いた。
「この剣は、呪文を唱えて白い光を発するだけですが、それは持ち主を守るために作られたからだそうです。たぶん、これはその刃を振るわずとも、旅の間あなたを守ってくれると思います」
その渡された剣は、意外と軽く感じた。プロミーは、この少年の眼が、自分を乗せてくれる小鹿のものとよく似た表情をする、と思った。
プロミーはロッドを見上げた。ロッドはプロミーが魔剣を持つことに賛成しているように頷いた。
「私に遠慮せず受け取るといい、プロミー。ちょうど身を守る物を備えていた方がよいと考えていたところだったので、いい機会だと思う」
「でも、なぜ私が魔剣の最も適している持ち主なのですか……?」
プロミーは樫の杖を持った少年に尋ねた。その姿は、若いはずなのに年老いて知恵を備えた隠者のように思われた。その左肩に静かに羽を休める瑠璃色の鳥の瞳には、長き時を生きてきた奥深さがあり、その間ずっとこの者を助けてきたように感じられた。
しかしプロミーの問いに答えたのは、壁にもたれかかってずっと話の聞き手でいた寡黙な青年だった。
「プロミーが王を通して古の青年王と縁があるからではないか、リア?」
その言葉に職人はぽんと手を打って「そうか!」と呟いた。
「ああ! スターチス王が青年王の血を引くから、魔剣を受け継ぐ権利がある、だからプロミーさんがこれを所有する最も適した人だ、となるのですね!?」
三角帽子の少年は答える代わりに微笑んだ。でもその笑顔は、肯定とも否定とも受け取れるようにプロミーは思った。
この件が一段落すると、それを見計らったかのように、一人の黒髪の僧侶が広間に入ってきた。先ほどプロミーとロッドを出迎えた青い髪の闇の僧侶マーブルとは違い、白い僧衣をまとい、とても落ち着いた感じのする、琥珀色の瞳が印象的な青年だった。
僧侶はにこやかに部屋の中の人々を見渡して、初対面の人たちのために挨拶をした。
「私は今回、光の僧侶の任を受けたラルゴと申します。皆お揃いになりましたので、これから王の間へ案内いたします。そちらにもう一人おります。それでは、どうぞこちらへ」
長い袖をゆったりと振るって、僧侶は一行を王の間へと先導した。




