Ⅶ 白の城 1. 凱旋 1
「困りました……」
白の闇の僧侶は、西塔の大窓から都を眺めながらため息をついた。
「ワタのクロスが無くなったぜよーー!!」
背後では子どもの魔女が泣き騒ぎながら空中を飛びまわっていた。
チェス五日目の朝、この子ども魔女ピアスン・ワトソンが目覚めた時に、首に提げていた白の駒のクロスが“消えていた”。その不思議なトラブルに対処するのはビショップの役目だった。チェスで紅白それぞれ二人いる僧侶は、チェスが開催される六十四都市を半分づつ担当するが、六十四ある都市を光と闇に二分して、仕事を分け合う。ピアスン・ワトソンが五日目にいたのは白の王城で王都シエララントは闇の方の都市だったので、この事件は闇の僧侶マーブルが追跡することになった。
マーブルは城の礼拝堂で光の伝書鳩を駆使してこの不可解な事件を調べ、一つのことが分かった。赤の王城のそばの宿屋シモンの店に赤の闇の僧侶ブラックベリが現れたということだった。それがちょうど白の駒のクロスが消失した時と同じ頃合いだった。
ブラックベリが駒のクロスを引き取ったと仮定したマーブルは、その後のブラックベリの行動を追跡した。が、件の人は赤の王城へ戻った後は、別の教会へ行くことはなかった。その日はそれで過ぎ、翌日の朝、王城にある魔法本でピアスン・ワトソンのクロスの場所の記載を調べた。しかし魔法本はピアスン・ワトソンのクロスの場所は示さず、クロスは消えたことになっていた。
それは、ブラックベリが部下に命じてどこかの教会にクロスを預けて、試合の敗者と同じように箱に封じてしまったということが考えられた。王城は人目について、クロスを隠す場所にはふさわしくない。ブラックベリは人目に付かない都市にクロスを隠してしまった、と推測できた。
この件は簡単に解決できるものではなかった。三十二ある都市を一つ一つ調べに行ったとしても、ブラックベリは部下を使ってクロスを移動させてしまうだろう。情報を集めて、ブラックベリが隠しそうな都市を見つけて問い詰めるしかなかった。しかし、マーブルは今はまだ調べたばかりで見当もつかなかった。これは難しい問題である。
この難事はチェスの運営を預かる教会組織にも連絡した。しかし問題を解決するのもビショップの役目だと冷たくはねつけられた。チェス五日目のブラックベリの行動に、教会組織のある“幻の島”に出向いた形跡があった。かの僧侶は瞬間移動ができる魔術師でもある。魔術師は遠い所でも一度行った所には瞬時に空間を移動できる。チェスの状況把握で忙しいはずのビショップが“幻の島”まで出掛けたのは意味深かった。かの僧侶は教会組織に先手を打って大僧正たちを懐柔し不正を隠ぺいしたことを匂わせた。
マーブルは困った時には困っているのだから、それを心の中で思い切り叫べばいい、と常々思っていた。うろたえる状況の時には、心置きなく叫ぶべきである。不安を押し殺して無理矢理平静を装って、積み重なっていく重たい気持ちに自分で気付かずにいるよりも、ずっといいと考えた。
マーブルは青い眉を寄せた。
「うーん! どうすればいいんだー」
窓の外では、晴れた日の空の下、王都に住む町の人々が街道に列を作って集まり、鼓笛隊が賑やかに明るい音楽を奏でていた。




