Ⅵ-ii 司書の協力者 (8月6日) 2. 地下の書庫
今宵の大図書館は人通りが多い一階でも通行人は少なかった。夜の十八時、えんじと豊はくりに案内されて、一階の中央付近三番街へ足を向けた。そこには海岸側のガラス壁に面した噴水広場があった。くりはその向かい側にある壁の前に立った。
「ここの扉から中に入ります」
そこには催し物のポスターの貼られた簡素な扉があった。扉を開けると、後ろにいたえんじと豊に中に入るよう促した。その先には地下へ下る緩やかな階段があった。
階段は広かった。御影石のようなつやのある黒い石でできていて、照明が少なく暗い中で黒光りしていた。階段の中央には水が流れていた。水はカスケードの中を下へ下へと流れ落ちていった。
「随分長い階段だね、くりさん」
静寂の中、豊が案内人に話しかけた。段差は低いので足の疲れはないが、階段はいつまでも続き、先が遠かった。
「今、地下二階分降りています」
くりが優しく短く答えた。えんじはふと足を止め上を見上げた。先ほど通った階段が見え、水が一段づつ滝となって落ちていた。少しめまいがした。この地上から離れた場所は無限に続くかとえんじと豊は思った。
その階段を下りた先に扉があった。ここで案内人は金色の鍵をポケットから取り出し開錠した。
扉の中は静かな書架の森だった。照明は暗く、大きさの様々な書物がきれいに整頓されていた。ここでは書架は動かず、暗くて見えぬ向こうまで屹立していた。
くりは二人にそれぞれ白い手袋を渡した。
「ここの書物は貴重なものも多いので、よく気を付けて、触る時は手袋を使って下さい」
えんじはそばにあった棚から目立った本を一つ手に取ってみた。それは大きな本で、中身は和装用の布の色見本だった。
「これは……?」
くりが説明した。
「この本は国内でこの図書館にしかない本です」
大事な本と聞き、えんじは丁寧に本を元の場所にしまった。
「それでは、手分けして本を探しましょう」
くりの指示に従い、二人は新しい場所で再び本を探し始めた。
蔵書探しの中で、くりは今まで自分が調べてきたことを二人に語った。
「この稀覯本用の書庫は、一度は全部個人的に探してみたのですが、何も見つからなかったのです。たぶん『貴重な本』は、この書庫にしまっていると思うんですが。他の場所も一度は探したのですが、ありませんでした。
この図書館は不思議ですよね。本は黴が天敵なのに湿気が強くなる噴水広場を併設していたり、地下に降りる階段には水が流れていたりして。もともとこの図書館が大型商業複合施設だった時から噴水やカスケードがあったようなのですが、どういう設計で黴を防止しているのか、知っているのは館長だけです」
司書は語った。
「まるで魔法みたいですよね」
「なぜくりさんは本を探すようになったのですか?」
えんじが書架を見つめながら尋ねた。
「えんじは昨年の赤のポーンのフーガの件で本を探すようになったのでしょう? あれは私も酷いと思いました。司書はトラブルに対応するため他の人の“本”を読むこともできるので、私も読みました。
私がクロスを借りたのは高校一年生の時でした。それからずっと夢の中のパートナーは同じ人で、いつも何かを探しているようでした。そのうち相手が“本”を探しているのが分かりました。あとはえんじと同じです。大図書館の秘密を探りたかったのです」
くりは口元で笑んだ。それは、今まで独りで本を探していた者が仲間ができて喜んでいる、ように見えた。
「私は土日が休みです。なのでこれから週末は一緒に朝から夜まで探すということでいいですか?」
くりが優しく提案した。えんじが肯った。
「分かったさね」
「強い味方ができたね、えんじ!」
豊が新しく結ばれた縁を見て喜んでえんじに言った。
「宜しく、くりさん」
えんじはこの司書の読者はリアかな、と思った。




