Ⅵ 影絵師リュージェ 4. クロスを食べた空飛ぶ魚 2
夕暮れになり、リアは銀魚を川の畔に下ろして野宿の支度を始めた。
「昨夜はリュージェさんから夕食を頂いたので、今日は僕が準備をします」
リアは肩掛け鞄から七輪を取り出し、火を入れた。それから釣り道具を取り出すと、川岸に陣取り釣りを始めた。
「この白の王都を流れる川では、“うなぎ”がよく釣れるんです。僕はいつもこの川でうなぎを釣って食べるんです」
リアは川に釣り糸を垂らした。それほど待たずに、細長いうなぎが釣れた。
「釣りがお上手なのですね」
リュージェはリアの手際の良さに感心した。
「釣りの仕方は親友から教えてもらったんです。旅の途中で穴場の湖を見つけた日は、一日中そこで釣りをしていました」
その後もリアは、うなぎを数匹釣った。
それからリアは鞄から包丁と焼串と壺を取り出した。そして釣ったうなぎをきれいに背からさばき、器用に焼き串を刺し、温まった七輪の上に並べて置いた。それが焼けてくると、そばに置いてあった小さな壺の蓋を開け、刷毛でうなぎに茶色いたれを塗っていった。七輪の周りで香しい香りがした。焼き上がると、鞄から白米の携帯食を取り出して皿に乗せ、その上にうなぎを乗せて焼串を抜いた。出来上がったものを箸を付け加えてリュージェに渡した。
「これはうなぎの蒲焼という料理です」
「これは確か、東大陸の東にある島国の料理ですよね。よくこの料理をご存じですね」
「昔必要があって、修業したことがあったんです」
「そうですか。リアさんは本当に色々な所に行かれているのですね」
リュージェは料理を受け取った。リアの分も出来上がると、二人は食事にした。
「では、頂きます、リアさん」
「はい、どうぞ」
リュージェは異国の料理を口にした。うなぎの蒲焼は柔らかい口当たりだった。皮まで柔らかくて美味しかった。この料理を習得するのに時間がかかったのではないか、とリュージェは推察した。リアはリュージェが満足している様子に、にこりとした。
食事が終わった頃には日が暮れていた。リアは後片付けが終わると、鞄からヴァイオリンを取り出した。
「音楽を奏でても良いですか? それとも静かにしていた方が良いですか?」
リアは旅の同伴者に問うた。リュージェは答えた。
「大丈夫です。リアさんはヴァイオリンを演奏されるんですね」
「僕は旅の夜はよくヴァイオリンを弾きます。眠たくなったら気兼ねなく声を掛けて下さい」
「ええ、分かりました」
リアはヴァイオリンを弾いた。陽気な音色は初めての旅の者を明るい気分にさせた。それから曲は落ち着いた穏やかなものに移った。遠い異国を回想するような音色だった。次はノリの良い、しかし異国情緒溢れる曲だった。まるで冒険を愉しむ旅人を思わせた。リアは曲が終わると、一旦手を休めた。リュージェは手を叩いた。
「素敵ですね。今の曲は、未知の国へ旅立つ冒険者が目に浮かびました、リアさん」
「はい。この曲は塔の町を探す画家の旅に付き合う詩人が創ったと言われる曲です」
「そうでしたか。その画家は異界の町に辿り着いたような終わり方でしたね」
リアは笑顔で返した。それから演奏は数曲続き、夜が更けていった。リアはリュージェがあくびを噛み殺したのを見て、曲を静かに止めた。
「そろそろ休みますね」
「そうですね。演奏また聞かせて下さい」
「はい、また今度」
リアはこくりと頷き、ヴァイオリンを鞄にしまった。リュージェは鞄から毛布を取り出した。
「外で眠る時は木にもたれかかったら寝やすいでしょうか?」
リュージェは不慣れな旅で寝床に迷って、ベテランの冒険者のリアに尋ねた。
「テントを用意できなかったんです……」
リアは鞄からテントを出して入り口を開けた。
「どうぞ僕のテントを使って下さい、リュージェさん。僕は外で眠ることに慣れていますから」
「そんなわけにはいかないですよ……」
リュージェは困って遠慮した。リアは中へ勧めた。
「僕は大丈夫です。どうぞ」
リュージェは強く勧められ、受け入れて礼を言った。
「すみません、リアさん」
リュージェがテントの中に入り入り口を閉めたのを確認すると、リアは近くにあった大きな木にもたれ掛り、毛布を掛けて眠った。
リュージェはテントの中で、今日あったことを振り返った。リアが銀魚を召喚したこと、空の上でのリアの友人の話、うなぎの蒲焼をご馳走されたこと、ヴァイオリンの演奏に聞き入ったこと。リュージェはそこで一つ疑問を浮かべた。
「――それではリアさんはいつ古の銀魚と契約したのだろう?」




