Ⅵ 影絵師リュージェ 3. 本の中のかくれんぼ3
「リュージェさん、大丈夫でしたか?」
長椅子にもたれて眠っていたリュージェが気が付いた。フーガはまだ玄関の前で眠っていた。リュージェは起き上がると、リアに確かめた。
「クロスと魔剣は無事ですね?」
リアは赤の駒のクロスをリュージェに示し、そばに置いてあった魔剣を目で示した。リュージェは若草色の本を開いた状態で持って、フーガの元へ行った。
しばらくしてフーガが目覚めた。フーガは元の世界に戻ったのを確かめると、腰の剣を確かめた。無いことを改めて確認し、首元のクロスもすでにリュージェに渡っていることを悟った。フーガは一度リュージェを睨むと、機嫌悪く「くそっ!」と呟き、玄関から去った。
残された魔剣を見て、リアはリュージェに尋ねた。
「これをお預かりしてもいいですか?」
リュージェは肯った。
「はい。私は使えませんのでどうぞ。でもどなたにお渡しするのですか?」
リアはにこりと微笑み答えた。
「たぶん一番ふさわしい持ち主を知っています」
リアは魔剣を持つと、丁寧に鞄の中にしまった。
「この史料本は、実は昔は“魔書”と呼ばれていた物なんです」
女学者は本を閉じると、ふうっと溜息をついた。
「ご覧のとおり、この本は人にずっと夢を見せ続けることのできる装置です。昔はジャンルに限定されることなく、架空の物語でも作られていました」
「魔書なら知っています。危険な魔法ということで作られなくなってしまったんですよね」
リアは昔、魔書が流行していた時代があったことを思い出した。
「そうです。西大陸の貴族たちの間で流行り、夢から戻らない人達がでてきて、王様が禁止してしまったんです」
「せっかくリュージェさんのように幻を使って古を見せる方もいるのに、もったいない話ですね」
リュージェは顔に影が差した。
「“あちら”の世界では、私たちは夢の中の住人と考えられているのですよね……」
リュージェが言いたいことをリアは察し、静かに言葉を待った。リュージェは続けた。
「私達は魔書の中の住人と同じなのでしょうか?」
リアは明朗に答えた。
「こちらでも“あちら”の世界の夢を見ます。こちらでは“あちら”は異界だと思っています。“あちら”には異界の知識が乏しいだけだと思います。
物語などを“架空”といいますが、架空とはまだ証明されていないこと、という意味だと思います」
リュージェは不思議とこの旅人の言葉が重みのあるものように感じた。リュージェは窓を見た。
「あぁ、すっかり暗くなってしまいましたね。よろしかったら、夕ご飯はうちで召し上がりませんか?」
「はい。お願いします」
リアはリュージェの厚意を受け取ることにした。
リュージェがもてなす夕食は魚料理が多かった。炊き立ての白米が食卓に上った。
「これは当時の食事を再現したものです。リアさんは箸が使えますか?」
「はい、大丈夫です」
リアは箸を器用に使い、夕食を食べた。リュージェは一緒に食べながら話した。
「“夢の粱の話”では、当時の様々な料理屋の風景も生き生きと描かれていて、料理名やその食材の種類も豊富に記されているんです。都は海も近く、大きな湖や河もそばにありましたから、魚の名前も多く登場するのですが、調べていてどうしてもよく分からない魚があるんです。
それは、“銀魚”と呼ばれる魚で、現在の東大陸にはいないのです。原書では、その魚は巨大で空を雲のように泳いでいるように描写されているのですが、他の時代や他の国の書物の中で探してみても、そのような魚は姿を見せず、その記述が何かを例えた表現なのかどうかもよく分からないのです……」
その時代のその地域にだけ存在した幻の生物。しかしリアはいとも簡単に謎を解決した。
「銀魚なら召喚契約しています。この町のそばには確か川がありましたよね? 明日、出立の時に喚びましょう」
リアはにこやかに提案した。




