Ⅴ- ii 館長リアル (8月5日、8月6日) 3. The Chess 情報倉庫1
何も夢の中でまで本に囲まれなくてもいいのに、と秀は夏休み初日に大図書館で借りてきたまま、まだ手をつけずに積み重なっている分厚い本たちを眺めながら、重たい気持ちになった。この本たちは、卒論の資料として休暇中に読もうと思って借りてきたものであった。が、気合を入れて借りてきた本たちも、この狭い部屋の隅っこに平積みにしてしまうと、まるで元からあったオブジェのように、目には入るが手を出すことが億劫になってしまった。
秀は自分の部屋で机の上のパソコンを背にして、未読の本を眺めた。
八月五日、秀の携帯端末には大学図書館から“The Chess影絵師リュージェ”の物語が届いていた。
夏休みの間、朝は起床時からベッドの中で交流サイトに更新がないかを調べた。そして更新チェックは一日中まだらに続いた。交流サイトでは、幾人かとコメントのやり取りをし、新しい通知がないか調べるうちに一日が終わった。今日は夢を見たので、自分のサイトに物語のあらすじを事細かに書き込んだ。そうしているうちにお昼になる所だった。
秀の携帯端末で通知音が鳴った。それは“The Chess”交流サイトで自分の掲示板に返信が届いた音だった。
秀は机の上に置いてあった携帯端末を引き寄せ、届いた返信を確認した。
『→The Chess情報倉庫さんへの返信
【ID】014WP
【ニックネーム】ネトゲ住人
【コメント】
[8/5 11:30]
初めまして。私は夢の中ではガーラちゃんが主人公です!
“The Chess 情報倉庫”の今日の更新を読みました。とっっても面白かったです! サイトは全部拝読しています。もし“The Chess”がアニメ化されたらオープニング曲を歌って貰いたいミュージシャンのコーナーが好きです。いつもサイトはチェックしています。
昨夜はガーラちゃんとリュージェさんは白の城で会いましたよね!』
秀は新しいサイトの読者からのコメントを喜んだ。さっそく返事を送った。
『→ネトゲ住人さんへの返信
【ID】015WP
【ニックネーム】The Chess 情報倉庫
【コメント】
[8/5 11:36]
メッセージありがとうございます。初めまして。リュージェさんの中の人です。
昨夜はリュージェさんが試合をして、やっと旅に出て面白かったです。
ガーラさんのお話はどうでしたか? 宜しければ教えて頂けないでしょうか?』
秀は送信が終わると、じっと返信を待った。五分程待って、席を立った。そろそろお昼ご飯の時間だった。秀は台所で冷凍スパゲティを解凍して、私室の机まで持って戻って来た。携帯端末の交流サイトのIDにメッセージが届いていた。
『お返事ありがとうございました。
私の物語の方は“商店背負いの行商娘”というタイトルでした。
ガーラちゃんは砂漠で迷子になっている所から始まりました。ガーラちゃんにはお付きの大蛇がいるのですが、……中略……砂漠で倒れている同じ白のポーンのレン君に出会います。ガーラちゃんの背負っているリュックサックは魔法がかかっていて、好きな時に大きな館を出すことができるんですが、レン君をそのお屋敷で休ませます。……中略……レン君を追っていた赤のポーンのバスクがその館に辿り着きます。そこでガーラちゃんは……中略……ということです。その場面は格好良かったです! その後、ガーラちゃんとレン君は、砂漠の元凶と向き合って砂漠を抜け出します。その後ガーラちゃんとレン君は白のお城に着きました。
長くなりましたが、こんな感じでした。レン君のクロスを持つのは私の友達なのですが、まるで夢の中でも友達と協力して冒険をしているようでした』
秀はスパゲティを食べた後、携帯端末を眺めながら長いメッセージを読んだ。秀にも夢の主人公と同化したかのような錯覚があった。昼夜が逆転した生活をしていた夢の中の主人公は、秀に似ていた。孤独な研究者だったが、それも親しみやすかった。ふと秀は夢の主人公がこの本に囲まれた生活を眠っている間に夢で目にしていたらどうなのだろう、と夢想した。夢の記憶を辿って主人公に話し掛けるように。自然と微笑みが湧いた。
秀はメッセージを返した。
『詳しくお話しして下さり、ありがとうございました (*^_^*)
私もその夢の中に入ってみたかったです。もし宜しければ、あなたの夢の物語をゲストとして私のサイトに載せたいのですがいかがでしょうか? 他の読者にも見せてみたいのですが……』
返信は少し時間が経ってから返ってきた。
『いいですよ! 他にも白のビショップのラルゴさんがここにいるのですが、その物語も教えますので、一緒にネットにアップしてくれたら、“The Chess”を読みたい人にいいんじゃないかと思います。他に、観戦者用クロスを借りている人たちの話も教えますので、あわせて掲載すれば、“The Chess”のコンテンツがもっと充実するんじゃないでしょうか』
思わぬ返信に、秀は心が小躍りした。
『それはありがとうございます(゜∀゜) !!
ぜひお願いしたいです。読者のお知り合いが多いのですね。私は今まで自分の分かる範囲でしか“The Chess”を語れなかったので、救世主のようです』
『サイト主さんに協力できて嬉しいです! では、物語をまとめたらまたメッセージを入れますね!』
『ありがとうございます(*^_^*)』
秀はにこりと笑うと、さっそく先ほどメッセージで教えて貰った物語をサイトにアップした。ゲストの寄稿は、新しい仲間が出来たような充足感を覚えた。




