Ⅴ 商店背負いの行商娘 3. 三つ頸の翼竜1
レンが目を覚ましたのは五日目の昼頃だった。ガーラはレンが起きると水の杯を手渡した。
「おかげで熱が下がったようです、ガーラさん」
レンは起き上がり、冷えた水の杯をゆっくり飲んだ。熱で渇いた喉が潤った。レンはガーラに礼を言った。
「さぁ、何か食べた方がいいわ。お粥でいいかしら?」
ガーラはレンに聞いた。レンは「どうもありがとうございます」と一言答え、館の主人の言葉に甘えた。お付きの大蛇が女性の姿に変わり、粥を用意しに台所へ行った。ガーラはレンが眠っている間の出来事をレンに語った。
「バスクが私の館に来たけど、私と勝負をして引いて貰ったわ。勝負はシャトランジっていうボードゲームなんだけど……」
「勝負に勝つと思っていました」
お付きの大蛇がレンに粥の鉢を持ってきた。レンは静かにゆっくり食べた。
「食事が済んだら出掛けられますか、ガーラさん? 三つ頸の翼竜を探しに行きたいと思うのですか……。きっと東に進めば見つかるはずです」
「もう大丈夫なの?」
ガーラは心配そうにレンを見た。
「僕は大丈夫だと思います。ガーラさんのお世話のおかげで体が動けるようになった感じがします。今から行けば、砂漠の夜明け頃に翼竜に会えると思います」
「そう……? じゃあ、無理しないでね」
レンの食事が終わると、ガーラとレンは旅支度を整え、館から出た。外は真夜中だった。ガーラは館をリュックにしまうと、今度はリュックから大きな絨毯を取り出した。絨毯は色彩豊かな幾何学模様が描かれ、厚地だった。ガーラはそれを砂の上に広げると、靴を履いたままその上に乗った。お付きの大蛇は蛇の姿で後に続いた。
「さぁ、乗って」
ガーラはレンに絨毯に乗るよう促した。レンは初めて乗る空飛ぶ絨毯に遠慮がちに足を乗せた。ガーラはレンが座るのを見ると、呪文を唱えた。絨毯が浮かんだ。
「東に進めばいいのよね」
ガーラがコンパスを見てレンに尋ねた。レンは「はい」と答えた。絨毯が東を向き、ゆっくり空へ上がった。レンは地に足のつかない浮遊感に戸惑い、左肩に乗せた風見鶏が飛ばされないよう手で押さえた。
「レンは高い所が苦手、ではないでしょ?」
夜空の上に浮かび、絨毯は東へ進む。絨毯の操縦が安定した頃、ガーラがレンに聞いた。レンは小さく答えた。
「はい、大丈夫です」
ガーラはにっこりと笑った。
「夜の砂漠って綺麗よね」
レンは下を見た。月明かりに照らされた砂漠の砂の山は静けさを謳歌していた。
「中央大陸も砂漠は多いのよ。よく空を飛んで旅したわ。大きなアリジゴクみたいな穴のある砂漠があって、そこは異界と繋がっているの。他にも蜃気楼を見せる場所があって、そこではある一定の時期に行くと、古代遺跡が現れるの。でもドラゴンが砂漠を持ち運んでいるなんて無かったわ」
レンは砂漠の主について語った。
「三つ首の翼竜は、今コルチェの町の上にいるそうです。白の王都シエララントから二日の距離の町です。町の人やよく町に行き来する商人などは砂漠に巻き込まれることはないのですが、旅人などその土地をよく知らない人は異空間に巻き込まれてしまうそうです。
三つ頸の翼竜は一体だけでなく西大陸に何体かいて、昔は戦士が倒すこともあったそうです。今僕たちのいる砂漠の主はケルクカムと呼ばれており、砂漠そのものを指す時もケルクカムの砂漠と呼んだりします。この翼竜は気まぐれでよく移動するので、王製の地図にも載らなかったようですね。
三つ頸の翼竜の習性として一日中眠ったように固まっていることもあれば、獰猛に獅子の子や大蛇を襲うこともあるそうです。翼竜の中には砂漠を背負っていない種類もいるそうですが、それでも砂丘や砂浜など砂のある所に好んで出没するみたいです」
「レンは旅をしたことがないって聞いていたけど物知りなのね」
ガーラが感心してレンを見た。レンは困ったように答えた。
「これは西大陸では子どもの頃によく聞く話です」
ガーラとレンは絨毯で移動し東の空が白み始めた頃、砂漠に大きな山のような塊を見付けた。影色のそれは息をしていた。レンはそれが三つ頸の翼竜の眠っている姿だと分かると、ガーラに近くの上空で絨毯を止めて貰った。
三つ頸の翼竜は体を丸めて、三つの首はそれぞれだらりと砂地を枕にしていた。長い首は蛇のようだった。
「眠っているわね。それにまだ暗いから砂漠に影も出来そうにないわね」
レンはガーラに尋ねた。
「鉱物辛子はお持ちですか?」
「ええ、商品としてリュックにあるわよ」
レンは作戦を語った。
「三つ頸の翼竜は魔法石が好物です。僕が持っているエルシウェルド産の魔法石を餌として、その中に鉱物辛子を混ぜて、三つの頭のそばのそれぞれに餌を置いておきます。翼竜は目が覚めた時、魔法石を食べ、その中に入っている鉱物辛子を飲み込んだ時、辛さで頭がパニックになり暴れて空へ飛びあがると思います。その時、砂漠の影に入りましょう」
「あら、魔法石なら私も持っているわ。私の商品から使って構わないわよ」
ガーラは大事な魔法石を自分が出すと提案した。レンは申し出を素直に受け入れた。
「それでは、暗いうちに餌を首の近くに置いておきましょう」
ガーラはそっと絨毯を翼竜の頭のそばに止め、レンは翼竜の目の触れやすい場所に鉱物辛子入りの魔法石を置いた。翼竜は大きな鼻息を立てていた。三つの頭それぞれに餌を置くと、ガーラとレンは翼竜に見つからないように後ろの砂山に隠れた。絨毯はしまっておいた。空は水色と薄い橙色が混じり、気温が温かくなってきた。
三つ頸の翼竜のうちの一つの頭が目を覚ました。空には日が上った所だった。翼竜が首を伸ばすと、もう一つの頭が目を覚ました。二体の頭はそれぞれ魔法石を見付け、それを食べた。すると二体は吠えた。空気を裂くような音だった。その音で最後の三つ目の頭が目を覚ました。翼竜は驚き、羽を広げて飛び上がった。ガーラとレンはすかさず翼竜に後ろから駆け寄り、砂地にできた影の中に入った。黒い影は沼のようにガーラとレンを引き込んでいった。
ガーラとレンは小さな町の前に立っていた。ガーラは呟いた。
「ここが、コルチェね」
レンは頷いた。空では日が沈むところだった。
「今日はここに泊まりましょう!」
そう言うと、ガーラは町の中に入っていった。




