Ⅴ 商店背負いの行商娘 2. 砂漠で水を与える者
ガーラは一目見て、その客人が腕の立つ騎士だと悟った。力強い紺碧の眼差しは、負けず嫌いの性格と見て取れた。力では敵わないと判じ、ガーラは一つ覚悟を決めた。相手の騎士は、ガーラのクロスに目を遣った。この砂漠の中の館の主人が白のポーンであることを了解したようだった。
「こんばんは。赤のポーンさん」
「これはお前の館か?」
騎士は短く尋ねた。ガーラはにこやかに笑み「ええ」と答えた。
「私はガーラ。中央大陸を旅する行商人よ。私の館へようこそ」
「俺の名はバスク。赤馬ブラッディ・アースと旅を共にするポーンだ」
「レン・アーデンに用事があるの?」
ガーラは踏み込んだ質問をした。バスクは豪快に笑った。
「ああ。だが白のポーンに勝負を挑みに来た」
「そう。その勝負、引き受けるわ! 今、レンは熱を出して眠っているの。病人に引き合わせるわけにいかないしね」
大柄な騎士はその瞬間目を光らせた。ガーラは客人を館へ招き入れた。
「どうぞ、入って」
バスクは愛馬の背に触れて待つように言うと、白い館に入った。
「私は行商をやっているけれど、旅先では夜はカジノを開いたりするの。道具は全部このリュックに入っていて、今もたいていのゲームは揃えているわ。勝負はゲームでいいかしら?」
バスクは頷いた。
「ディーラーをやっているのだな。いいだろう」
「ゲームは何がいい? トランプならポーカーでもブラックジャックでもできるわよ。他にもルーレットやダーツも用意できるわ。ボードゲームならシャンチーでも囲碁でもリバーシでも何でもいいわ」
「お前は中央大陸出身だったな? それならシャトランジはできるか?」
ガーラは意外な提案に驚いた。シャトランジとは中央大陸でプレイされるチェスと似た遊びだった。
「ええ、得意よ。でもあなたはシャトランジを知っているの?」
「俺は中央大陸で強い奴を探して旅をしていた時、街角でシャトランジを習ってたまに賭けをして小銭を稼いでいた。お前が良ければ勝負はシャトランジでどうだ?」
「いいわよ」
ガーラは呪文を唱えてテーブルと椅子二つを出した。そして椅子の片方をバスクに勧めた。
「どうぞ、掛けて」
バスクが椅子に座ると、ガーラも席に着き、お付きの大蛇に指示を出した。
「ディアドラ、何か飲み物を持って来てくれる?」
それを聞くと、大蛇は再び人間の女性の姿に変わった。ディアドラは主人の指示を聞くと無言でレンのいる部屋に入って行った。
ガーラはリュックから盤と駒を取り出した。盤は8×8マスでチェスボードと同じだがマスに色は付いてなかった。駒は六種類で王、将、象、馬、戦車、兵士に分かれていた。それぞれの形は抽象的で兵士はその他の駒より小柄だった。その駒たちはチェスと同じ動きの物もあれば、違う物もあった。全部で三十二個で黒と赤に分かれていた。
「あなたは私の館の客人だから、私が後手の赤を持つわ」
「了解した」
ガーラとバスクは駒を並べた。ディアドラがアイスコーヒーの入った杯とクルミやアーモンドなどのナッツが入った小鉢を盆に載せ戻って来た。美女は二人の手元に杯と小鉢を置くと、ガーラの後ろに静かに立った。
バスクが一手目を指し、黒駒の兵士を一歩前へ出した。ガーラがすぐに答えるように赤の駒を一つ前へ出した。勝負はゆっくり進んだ。
「象は動ける範囲が少ないけど面白いのよね」
ガーラは象の駒で斜めに二歩進め将を獲った。象はチェスのナイトのように経路途中の駒を飛び越えられる。
「俺は相対的に強い馬を動かすのが好みだ」
バスクは馬を使って赤の王の懐に入ろうと虎視眈々と狙っていた。
「シャトランジはどれくらいの期間プレイしていたの?」
ガーラはバスクを雑談に誘った。バスクは乗った。
「一年だ。俺は二十一才だが、十八の時に騎士になり、十九才の時一年間中央大陸で旅をしていた。お前はディーラー歴は長いのか?」
「私は十二の時から行商人をして、今年十七才だから五年よ。シャトランジは物心がついた頃からよく遊んでいたわ。あなたはこの砂漠からどうやって出るつもりなの?」
ガーラは相手の戦車を獲って、バスクに尋ねた。バスクは次の手で赤の馬を獲った。
「俺は三つ頸の翼竜と戦うつもりだ。三つ頸の翼竜と戦って勝った者の昔話も多いからな」
「そう。騎士らしいわね」
勝負は終盤戦になり、多くの駒が失われていた。ガーラが呟いた。
「シャーマート。これで終わりね」
「良い勝負だったな。お前、強いな」
バスクは負けを認めた。
「また勝負したいわね。これでレンに会うのは諦めてくれるかしら?」
「ああ、約束だ。俺はこれで退こう」
バスクは残っていたコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
「待って。旅の食糧は足りているかしら?」
ガーラはリュックから水と食料を取り出した。
「この砂漠では水分を多く取るから水が減るのが早いでしょ? 食糧もどうかしら?」
「あると助かるが、どういうことだ?」
「私たちの地域では客人を招くと旅に困らないようお土産をたくさん渡す習慣があるの」
バスクは納得した。中央大陸を旅していた時によくあった話だった。
「それでは頂こう。しかし代わりに三舎を避こう。白の王都から一日の距離の町で俺は三日間留まる事にしよう。その後に白の城に攻める」
「分かったわ」
取り決めが交わされると、バスクはガーラからの食糧を受け取って、館から出た。
ガーラはバスクが去ると、レンの眠る部屋へ行った。レンは眠っていたが、顔から高熱の色が消えていた。ガーラはディアドラに言った。ディアドラは蛇の姿に戻っていた。
「私も少し眠るわ」
ガーラはレンの隣の部屋へ行き、疲れたように寝台に伏せてそのまま眠った。
[参考資料]
Wikipedia、シャトランジ、
https://ja.wikipedia.org/wiki/シャトランジ




