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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅴ 商店背負いの行商娘
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Ⅴ 商店背負いの行商娘 1. 迷子の迷子の蛇使い 1

「ひゃーーーっっ!! どうしてこんなもんがあるだべさ?!」


 朝、シモンが寝床から起きてみると、右手に白石の嵌め込まれた駒のクロスを握りしめていた。なぜ自分が持っているかは記憶にない。シモンは色々考えた。昨夜、酒場で酔っぱらってプレイヤーから盗ってしまったのだろうか? いや、昨日は一階の酒場には行っていないから違う。ではうちの宿に泊まった旅の客から貰ったか? いやいや、そんなバカなことはあり得ない。駒のクロスは、プレイヤーなら試合で負けた時以外、誰にも渡すわけはない。もしくは部外者が持っていた物だとしたら、それは盗品である。そんなものを手にしているのをお役人に見つかったら、お城の牢屋に入れられてしまう。


「ああ……なんてことだい!」


 ――だが、しかし、とシモンは落ち着いて考えてみる。盗品のクロスは、場合によっては“売れる”。このゲームでは、世界中で紅白どちらが勝つか富豪たちが予想して大金を賭け合う。シモンは詳しくはわからないが、クロスがないプレイヤーは、“試合”ができない。ということは、実質的にプレイヤーが一人減るということだった。ゲームの勝敗を左右したい者には、盗品クロスは高く売れる。


「捕まるか、売るか、隠すか、こそっと誰かに押しつけてしまうか、それとも……どうするべさシモンよっ」


 シモンはふと自分の胸を見た。そして首にかかっている観戦者用クロスをじっと見つめた。駒のクロスですっかり混乱していたが、そういえば今日の夢はぬすっとの荷物荒らしの夢だったような。おう! 思い出してきたぞ。確かあちら側でそいつがクロスを盗んだ? それがオラの手元へ? そんなことがあるべか?? うーーん、だけどこのことをよく思い出して、しかる所に行って説明したら、この降って湧いたやっかいごとにも決着がつきそうじゃないか?


「何やってんだい、お前さん。こっちにお前さんのお客が来てるよ!」


 夢の中身をしっかり思い出そうとしていたシモンに、宿のおかみが一階から呼ぶ声がした。


「客かや? んー、ちょっと待っててもらって……っ!!」


 ひとまずクロスを箪笥の引き出しにしまおうとしていたシモンの後ろから、人の影がさした。シモンは気配なく二階へ上がってきて突然自分の後ろに現れた、厚手の僧侶服を纏った金の髪の客を振り返ってみて、反射的に急いでクロスを引き出しに押し込んだ。


「……これはこれは高僧さま朝早いお越しでして拙宅においで下さらずともオラの方からお伺い致しますものを宿の主人というのは時間があることだけが取り柄でしてはい今日も朝の仕事はおかみに任せて自分はゆっくり夢でも見ていようといえいえ何でもございませんこちらのことでございますれば今日はまたいかが致しましたでしょうか確かあなた様はブラックベリ様ではございませんか……!?」


 シモンは隠し事をごまかそうと、無理やり仕事口調で畳み込もうとしたが、その長広舌の間に、この霧のような来訪者の白い手には、いつの間にか白の駒のクロスが握られていた。シモンはそれに気付くと目を丸くして、その先は何も言えなくなった。


 僧侶は手にしたクロスを懐にしまうと、ずんぐりした愛嬌のある宿の主人の顔を見下ろして、一言労いの言葉を向けた。その金の眼にはかすかに冷ややかな満足感が読み取れた。


「ご苦労でした。これはこちらで預かっておきましょう」


 シモンは相手に射すくめられ、反論も何もできなかった。ただ、目の前に立つこの黒衣の僧侶もまた、チェスのプレイヤーであることを、ぼんやりと思い出せただけだった。

白の駒のクロスは、シモンの手から突然現れた僧侶の手に渡った――。


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