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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅳ-ii クロスの盗難
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Ⅳ-ii クロスの盗難 (8月4日、8月5日) 1. 雨の会合

「王様の夢を見ている方って、どんな夢なんでしょうね?」


 大図書館三階、西側入口近くにあるカフェコーナーで、小春は向かい側に座っている要に、ふと疑問を投げかけた。和装姿の小春は、八月四日の今日は午後から屋外で生け花サークルの仲間と子ども縁日の屋台を開く予定であったが、午前中からしとしとと降り続ける雨で、縁日は中止となったそうだった。そこでふいに時間を持て余した小春が訪ねたのが、要がよくいるこの隠れ家的なカフェコーナーだった。カフェコーナーといっても、喫茶店ではなく、セルフサービスの有料ドリンクバーがあるだけの無人スポットである。建物の入り口付近だが、駅とは反対側にあるためか、意外と目立たない場所だった。ここは細かな骨董品が室内の飾り棚に並び、大きな焦げ茶の古時計がゆっくりと時を刻む、こじゃれた空間だった。


 要の手元には小春が来る前まで再読していたレンガのような厚い推理小説と、やや冷めかかったコーヒーが置いてあった。足元では、グレーの傘が小さな水たまりを作っていた。


「私たちは“The Chess”で、それぞれが主人公になった夢を見ますよね。私なら運び屋ルーマに、要さんなら宣伝人ジークに。でも王様の夢を見ている方って、王様自身が主人公にはならないと思いませんか? 夢使いの王様は、日中ずっと眠っているということですから。それとも、王様の読者は夜に目覚めた王様の夢を見るのでしょうか? 王城で他のプレイヤーたちに助言をする所を。でも、そうなると、ゲームの間目覚めないと言われている白の王様の夢を見ている方は、王様が“目覚めて”主人公になる夢は見られないはずですよね。要さんはどう思われますか?」


「白のキングの読者は、アリスが主人公の夢を見ていると思ってましたよ」


「では、赤の王様の方は?」


 要は首を軽く横に振った。


「それは、本人に尋ねてみないと分からないですね。個人的には、小春さんの言う通り、キングが主人公にならない夢を見るのではないかと考えていました。プレイヤーたちが活躍しているシーンを、総集編のように断片的に見ている、といったものかと」


 茶色の窓枠の外では、さめざめと雨が降っていた。小春とは一度、去年の年末に生花工場の短期アルバイトで、一緒に働いたことがあっただけだった。その時も、お互いほとんど自己紹介らしきものもしなかった。だが、同じパートの作業場で仕事をしている短い間、名前を呼び交わすことさえなくても、不思議と話が弾んだ。その後、学校の中では学部も違ったので、あまり顔を合わせる機会もなかった。しかし、たまに時間割の空き時間に大図書館ですれ違い、会釈をし合ううち、毎週同じ空き時間の曜日には、軽く言葉を交わすようになった。


 要はふと『夢使いの王様って、どんな夢を見ていらっしゃるのでしょうね?……』と尋ねた少女の声を思い出した。黒髪を後ろで束ねた、快活さと思慮深さを併せ持った夕日色の瞳のその小竜使いは、赤の王城で共に集う同じポーンであった青年ジークに、王の間を退室する時そっと声をかけた。


『夢使いの能力は、王様が若い頃に必ずお学びになる魔法の一つだというお話ですが、どう思われますか?』


『私は、キングは夢の中でプレイヤーたちの旅の様子を、スポットを変えながらおおまかに眺めていらっしゃるのだと思っておりましたが』


 青年は今まで話したことのない者からふいに質問を受けて、整然と、そして少しの興味を含めて答えた。


『わたくしと考えが一緒ですね』


 少女はにこりと微笑んだ。


『わたくしは小竜使いです』


『洞窟や火山なんかに棲んでいるドラゴンですか?』


『ええ、そうです。翼の生えたドラゴンです。でも、ドラゴンと言っても、そんなに大きなものではなくて、そう、人が一人乗れるくらいの小さな竜でございます。わたくしたち運び屋は、その小竜と契約を交わして流通を営む商いをしております――』


 小春との理屈で思考する会話は楽しかった。要はテーブルの下で握った傘の柄の存在を確かめるように、手にそっと力を込めた。


「それでは三十一人分の夢を、キングの読者は一人で請け負っているということになるのでしょうね? 一人分の物語でさえ、人によっては疲れてしまうという話ですのに」


 小春は眉を顰めて小首を傾げた。だが正直なところ、二人とも疲れてしまうほど主人公が活躍する夢は、まだ見たことがなかった。どちらも、白の者にさえ会っていない。


「だから、会ってその話を聞くことができればいいのですが、ね」


 空は灰色であった。今日は一日中、雨が降り止むことはなさそうだった。


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