Ⅳ アルビノの少年 2. キルシュ公の城 3
レンは大広間に入って来た新たな客人を見て、諦めたような困ったような顔をした。相手は頭に騎士を示す髪飾りを付け、変わった形の穂の槍を持ついかつい豪傑だった。豪傑はレンを見付けると、鋭い眼で睨むような、好敵手に会って喜んだような様子でレンに声を掛けた。
「お前ポーンだな?」
レンは好戦的な瞳を自然といなすように答えた。
「僕はこのそばの村に住むただの鳥飼です。手違いがあってプレイヤーに選ばれてしまったので、これから白の王城へ行くところです」
豪傑は豪快に笑った。
「変わった奴だな。俺はある奴との約束で成り上がるために白の王城へ行くつもりだ」
「ビショップのラルゴさんからお話は伺っています。赤のポーンのバスク・バラート卿ですね。白のポーンのエンドワイズ・ジェイン卿と去年のチェスで約束したという」
「話が早いな。俺の名前を呼ぶ時はバスクだけでいい」
バスクはレンの向かいの空いていた席に座った。バスクが座ると、その席に新たにレンと同じ料理が運ばれてきた。
「赤ワインはいかがかしら?」
ルネは立ち上がり一つの壺を持つと、バスクの前の空の杯を目で示した。バスクが大きく頷くと、ルネはバスクの杯に葡萄酒を注いだ。
「バスクさんは昨年のチェスで大活躍されましたでしょう? 団体馬上試合で白のナイトに勝ったと言いましたわね」
ルネは清らかな風のような声で新しい客人に話題を振った。
「俺は強い奴と戦いたいだけだ」
「今年は紅白どちらが勝つと思います?」
バスクは笑った。
「俺にとってチェスの勝敗はおまけみたいなものだ。俺は強い奴に会えたらそれでいい」
「まぁ、プレイヤーの方って不思議ですわね。どちらも勝ちにはこだわらないものなのですね」
バスクはレンに問うた。
「聖杯城に行く騎士は現れると思うか?」
レンは淡々と答えた。
「アリスが現れるゲームではいつか異空間の城、聖杯城が現れるというアルビノの魔術師の予言があります。今年は青年王が亡くなって二千年なので、きっと聖杯城に行くプレイヤーが現れるでしょう」
皆が食事が終わると、バスクは立ち上がるレンを制して言った。
「ところで紅白が揃ったのだ。腕試しをしたい所だ」
バスクはレンを見た。キルシュ公が止めた。
「バスクよ、この城での戦いは止めて貰いたい」
レンは首を横に振った。
「僕は何もできません」
「謎解きならどうだ?」
バスクは短く訊いた。謎解きはチェスでも古くからある勝負だった。謎解きに関する有名な昔話に、旅の小人が長く生きた洞窟の長と知恵を戦わす話があった。レンは仕方なく同意した。
「互いに三つの謎を問い、解けなかった方がその数の分だけここに滞在するということでいいか?」
「仕方がありません」
レンは小さく頷いた。
「まぁ、プレイヤー同士の勝負ですわね」
ルネが食後のお茶をレンとバスクの前に置いて言った。
「滞在が長くなるかも知れないが良いか、城主よ?」
キルシュ公はバスクの強引さを諦めたように答えた。
「両者が納得しているのなら、私は異存はない」
バスクは頷いた。
「まず俺からだ。俺の持つこの武器は東大陸の古の武人が使っていた物だ。その武人は東大陸の動乱の時代、乱世を攪乱したらしいな。その武人は異種族の血を引くと言われているが、その異種族とはどの種族か?」
レンはすぐに答えた。
「その話なら知っています。西大陸で言うケンタウロスやセントール、つまり馬人の子孫だったのですよね」
「正解だ」
バスクは大きく頷きにっと笑った。相手に不足なし、と満足しているようだった。レンは質問を放った。
「では僕の番です――鏡の国の者は湖の中に住んでいるといいますが、呼吸はどうしているでしょう?」
バスクは楽しそうに目が光った。
「それは知っているぞ。肺を水で満たして直接酸素を取り込んでいるらしいな」
レンは小さく頷いた。
「当たりです。鏡の国の水は人間が息を吸えるほどの酸素が溶け込まれているそうです。しかし最初にそこに住もうとした人は本当に勇気がありますよね」
バスクがノリよく次の質問を問うた。
「次は俺だ。俺の相棒の馬ブラッディ・アースはどこで生まれた馬であるか?」
レンは即答した。
「チェスプレイヤーの情報はビショップのラルゴさんから教えて頂きました。中央大陸に広がる赤い砂漠ですよね」
「正解だ」
バスクは短く告げた。レンは間を置かず続けて謎を与えた。
「では次は僕です。盤上のチェスは中央大陸から伝わったものだと言われていますが、中央大陸のゲームではビショップは違うものでした。何でしょう?」
バスクは簡単だ、というように明るく答えた。
「それは有名だろう。象だったな。今でもビショップは隠語で象と呼ぶことがある」
「当たりです」
レンはバスクが武勇だけでなく博学であることを認めた。バスクは鋭い眼差しでレンの目を見て尋ねた。
「これで最後の問題だ。時間に嫌われし者は異界からの旅人のことであり、魔力が強かったり不老だったりするが、できない魔法が一つある。それはなんだ?」
レンはバスクの力強い眼差しに臆することなく、淡々と答えた。
「それは時間魔法ですね。時間魔法だけは自分の生まれた世界でしか使えないのですよね」
「正解だ」
バスクは笑った。レンはしばし黙考した。謎を思い付かず、仕方がなしに最後の質問を問うた。
「僕はアルビノの魔術師の末裔です。僕は女性から生まれていません。どういうことでしょう?」
バスクは解けなかった。
「それは聞いたことがないな。昔話で女の股から生まれていない者という謎があり、答えは帝王切開で生まれた者という意味だったのだが……。考えさせてくれ」
レンは小さくあくびをした。
「僕はもう眠ります。続きは明日お願いします」
「いいだろう」
その言葉を得て、レンは客室に戻った。




