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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅳ アルビノの少年
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Ⅳ アルビノの少年 2. キルシュ公の城 2

「お食事の用意ができましたよ」


 ルネが優しくレンを起こした。声は山の中の雪解けの水のように透明で、レンは夢と現が混ざり合った具合で目が覚めた。美しい顔が微笑んで眼を細めていた。レンは起き上がると、ルネに案内されて大広間へ行った。


 大広間には主人の席にキルシュ公が座り、レンは空いていた客の席に座った。食卓には客人をもてなすべく牛肉と人参ときのこの白ワイン煮込みが白いパンとともに饗され、テーブルの中央には林檎や梨や夏目などの果物が飾られていた。


「ワインは赤と白どちらをお召しになるかしら? それとも果実酒か蜜酒の方がよろしいかしら?」


 ルネは飲み物の壺が並ぶテーブルで旅人に好みを聞いた。レンは遠慮気味に小さな声で答えた。


「果汁はありますか。林檎でも野いちごでも構いませんので……」


「もちろん、ご用意しておりますよ」


 ルネは端に置いてあった壺を持つと、レンのグラスに注いだ。透明な液体が杯を満たした。レンは一口飲んだ。さくらんぼのシロップの甘い味が口の中に広がった。レンはキルシュ公とルネに感謝の言葉を伝えると、食事を始めた。


「何か足りない物があったら、何でもおっしゃって下さいね」


 ルネが美しい声で客に告げた。


 食事中、キルシュ公がレンに話し掛けた。


「鳥飼たちの村のことはよく知っている。鳥を育てるために魔法石を使うのであろう? 私はエルシウェルド産の珍しい魔法石の欠片を持っている。旅の土産にその魔法石を贈ろう。何かの役に立つかも知れぬ」


 レンはキルシュ公の親切を受け取った。


「ありがとうございます。エルシウェルド産の魔法石は鉱物鳥の好物です。鉱物鳥は自然の住処を思い出すようです」


「レンは戦わぬのであろう。見ていれば分かる。チェスのプレイヤーに選ばれて大変だったな」


 キルシュ公はレンの苦労を慰めるように言った。レンはこの領主は本質の分かる方だ、と思った。


「質問してもいいかしら、レンさん?」


 ルネはレンに聞いた。その質問の声は鋭く、好奇心が見え隠れしていた。


「プレイヤーであるレンさんにゲームの予想を伺いたいわ」


 レンは小さく頷いた。


「赤と白、どちらがプレイヤーを多く減らすと思いますか?」


 レンは答えた。


「過去の戦績を聞く所によると、赤と白の両方が同じくらいの人が離脱すると思います」

 その答えをキルシュ公は淡々と聞いていた。


「どれくらいの数のプレイヤーがクロスを失うと思いますか?」


「過去デンファーレ王の国とスターチス王の国は平均して一回のゲームで十回程度試合をしています。その中で、これも過去の戦績から、半分近くはプレイヤーが減ると思います。……僕はその中に入らない自信はありません」


 レンは明朗な答えを返し、最後に自虐した。ルネは会話が気に入ったようだった。


「どちらが勝つと思いますか?」


 ルネは核心を突いたように問うた。レンは淡々と答えた。


「戦力を考えると五分五分なので、どちらとも言えません」


「あら、まぁ、自分の陣営が勝つとはおっしゃられないのですね」


 ルネは鈴のようにころころと笑った。


 城門の番人がキルシュ公の元に来て耳打ちをした。キルシュ公はその報告を聞くと、「失礼。ごゆっくり食事をなされよ」とレンに言い置いて、場を離れた。


 少し間をおいて戻って来た城主は、レンに言った。


「レンよ、すまないが赤のポーンを一人この城に迎えなければならなくなった」


 レンは白い眉をひそめた。城主は城門であったことを語った。



「俺はこの城で一番強い奴と戦いたい。それで俺が勝ったら、この城に一晩泊めて貰いたい」


 城主は困惑した。道場破りならぬ城破りは西大陸の騎士の世界ではよくあることだった。しかし今までこの小さな城でそんな騎士が現れたことは無かったし、用意もしていなかった。城主は強引な客人を丁重に断った。


「今宵は大事な客人がいるので、騎士殿よ、できたらご遠慮願いたい」


 だが騎士は首を横に振った。


「白のポーンが一人いると聞いている。赤と白のプレイヤーが顔を揃えるのはチェスの定石だ。互いに覚悟しなければならないことであって、城主が気にすることはない。俺はぜひ白のポーンと顔を合わせたい」


 騎士は強い相手をどんと構えて待っていた。城主は諦めたように言った。


「この城にはそなたより強い者はいないだろう。城主は中立でなければならない。仕方がない。新たな客人を城に通そう」


 門番は城門を開けた。騎士は大きな赤馬を横に連れて、堂々と城の中へ入って行った。

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