Ⅳ アルビノの少年 2. キルシュ公の城 1
レンとラルゴが歩いていると、道の両側にさくらんぼの低い木が並ぶ果樹園が見えた。
クラムディアはさくらんぼで有名な町である。町ではさくらんぼの蒸留酒であるキルシュを使ったお菓子が名物である。クラムディア産のキルシュを含んだチョコレートは高級品で、魔力を使い過ぎた人が食べると魔力が戻り、魔力を使ったことが無い人が食べたら小さな魔法が使えるようになったという逸話が多くある。または大切な人に贈ると絆が長く続くと言われている。この町のキルシュはお菓子作りが好きな人に贈ると喜ばれる。酒が好きな人は商人から買い付けてこの味を嗜む。この町の領主はキルシュ公と呼ばれている。
「さくらんぼの果樹園が見えてきたら、もうすぐですよ、レンさん」
ラルゴはレンを励ますように言った。
レンとラルゴがキルシュ領クラムディアに着いたのは、その日の夕暮れ時だった。ラルゴはレンを領主の城まで案内した。
ラルゴは城に辿り着くと、城門の門番ににこりと挨拶をした。
「私はスターチス王の国のビショップのラルゴです。白のポーンのレンさんをお城に連れて参りました。キルシュ公にはお話ししております。どうぞ通して下さいませんか」
ラルゴは首元のクロスを取り出して門番に示した。レンも一緒にクロスを外して門番に見せた。門番は了解して二人を通した。
「主人から話は伺っております。どうぞお通り下さい」
二人は城門を抜け、城に入った。
ラルゴはレンを城主の間まで案内した。そこには小柄な中年の男性と、頭に金の輪を載せた金色の髪の女性が待っていた。ラルゴは小柄な男性に挨拶をした。
「ここまで白のポーンのレンさんを連れて参りました、キルシュ公」
キルシュ公はにこやかに頷き、レンを見た。
「ようこそアルビノの魔術師の末裔レンよ。今日はこの城にゆっくり留まると良い」
主人の挨拶が終わると、隣にいた女性がレンに妖艶に笑いかけた。
「初めまして、レンさん。私はこの城を守護する魔術師ルネと申します。この城に歓迎しますわ」
「ルネはこの城のルークだ。この城の城石の精を祖先に持つ。だがしかしラルゴよ、同じ白のポーンの者はまだ来ていない。もしかしたらさかさま砂漠に迷ってしまったかも知れない」
レンはラルゴを見た。クラムディアの北から北西にかけて辺り一帯をさかさま砂漠が覆っている。クラムディアの東隣の町で同じ白のポーンの少女はクロスを受け取ったが、そこから空飛ぶ絨毯で西へ行くはずが北西に進んでしまったのかも知れない。クラムディアの北西には小さな町コルチェがあるが砂漠が町を覆っているという。
さかさま砂漠とは三つ頸の翼竜のすみかである。三つ頸の翼竜が降り立つ所は砂漠の空間が重なってしまい、旅人を惑わす。さまよえる湖と同じ性質のものだった。その砂漠は方位が逆になり、北へ歩けば南へ進むことになる。時間も逆さまになり、朝や昼は夜の黒い空になる。砂漠の主を見付けない限り、無限に砂漠が続き、どんなに進んでも同じ所をループしてしまう。旅人は三つ頸の翼竜を見付けなければ砂漠から脱出できないが、中央大陸出身の少女はその知識がないかも知れなかった。
「レンさん、もし今日の間にガーラさんが来なかったら、申し訳ありませんが、明日は一人でガーラさんを探しに行って貰えないでしょうか」
レンは予想外の困難に当たり当惑した。しかし砂漠で迷った者を放っておく訳にもいかなかった。レンは一人旅は自信が無かったが、仕方なく頷いた。
「レンさんの勇気に感謝します」
ラルゴはレンを見て微笑んだ。そしてキルシュ公に深く礼をした。
「私はこれでお暇します。キルシュ公、どうかレンさんを宜しくお願いします」
キルシュ公はレンに微笑んで言った。
「今日はここで休まれよ。たっぷりもてなそう」
レンはラルゴを城門前まで降りて見送った。そこには白い大鳩が待っていた。ラルゴは大鳩に乗ると「お気を付けて下さい、レンさん」と言い、大鳩に旅立ちの合図をした。僧侶が去ると、レンの後ろに魔術師ルネが現れた。
「どうぞ、こちらへ」
ルネはレンを客室に案内した。客室には大きな寝台があり、休むのに心地良さそうだった。レンは一人になると、しばらくふかふかの寝台の上に座って靴を脱ぎ、足を休めた。一日歩いただけで意外と疲れていた。レンはそのままベッドで横になり、しばし眠った。




