Ⅳ アルビノの少年 1. 方向音痴の風見鶏 1
白髪の少年は教会から渡されたクロスを見て心底困っていた。
自分はチェスの参加申し込みなど絶対にしていない。自分はなんの芸もないただの鳥飼である。世界規模で注目される大ゲームで、魔法や武術の強者たちと渡り合えるわけがない。なにより、養鶏所をほったらかしにして長期間旅をするなど、一人暮らしの自分にはできない話なのだ。
少年は、ゲームの参加決定を告げに来たラルゴと名乗る黒髪の優しそうな僧侶を紅い目でじっと見つめ、このことを落ち着いて説明した。
「誰かと間違えているのではないですか? 僕は誤解が起こらないように、ゲームには関わらないよう気を付けていたのです」
しかし僧侶はやや困った顔をして首を横に振った。
僧侶の話では、今年の一月中に少年の参加申し込みは受け付けている。普通なら、一芸のない者の申し込みは、観戦者用クロスが渡されるだけで、ゲームの参加者には選ばれない。だが、少年の場合は、祖先が“アルビノの魔術師”であるため、プレイヤーに選ばれてしまったのだという。
確かに少年レン・アーデンは“アルビノの魔術師”の唯一の末裔だった。そのことは、レンはできるだけ人に教えないようにしていた。いくら偉大な魔術師の血を受け継いでいても、それは何世代も前のことであり、実際少年自身は白髪赤眼だけが残り、魔力は欠片もなかったからだ。後裔だからといって、人々に自分も大魔術師の力があると期待されては困る。しかし、戸籍を管理している教会には系図の古い記録が残されてあり、偉大な祖先を持つレンには参加資格があるものだと王城で判断されたのだった。実際のことはきちんと知られていなかったのだ。でもどうやら、人選は最後の最後まで悩んだ末に王の鶴の一声で決まったものらしい。
僧侶は本当に申し訳なさそうに言った。
「残念ながら選手交代は無理な状況です。私個人でできることは協力いたします。レンさんには、ゲームが始まりましたら、まず王城に来ていただきたいのです。しかし、旅をしたことのない者にとっては、王都までは遠い距離です。レンさんは事情が事情ですので、クロスはこのまま捕られたクロスと同じ扱いで、教会に預かってもらうこともできます。私はゲームが始まったら、この村から歩いて一日で行ける、キルシュ公の領地までレンさんとご一緒せよとの王の伝令を承っております。そこまで行くと、王城へ向かうポーンの一人と合流できることになっております。
何といいますか、王は決して他人に無茶を強いる方ではないです。たぶんレンさんに戦いに加わって欲しいわけではなく、この先は私の推測ですが、眠れるご自身のそばにいて欲しいのではないでしょうか。選ばれたプレイヤーの中には、当世一と言われているナイトや、ベテランのポーンなどもいるのですが、王の最初で最後の伝令がレンさんの呼び出しだったのです」
レンにはどうも事情が飲み込めない部分が多過ぎたが、なんとなく王は自分の知らない何かを知っていて自分を呼び寄せたのではないかと思った。
「仕方ないですね。ゲームの間、養鶏所の鳥たちの世話を隣人になんとか頼めるようでしたら、チェスに参加することにします。それではさっそくお願いしたいのですが、地図とゲーム参加者の情報をできるだけ教えて下さいませんか」
「わかりました。情報係のビショップの知識でレンさんのお手伝いをするのも、王のご意思です」
琥珀色の眼をした僧侶ラルゴは、優しくにこりと微笑んだ。しかしラルゴは、王の伝令には続きがあることをまだ言わなかった。
困りきって教会から帰ってきた少年を、隣に住む幼なじみのアヒル飼いのネモは、養鶏所の近くで嬉しそうに出迎えた。
「レン! おいら教会から観戦者用クロスを貰えることになったよ! レンはどうだった? こちら側で近所だったら、向こうでもそばにいる場合が多いって町で聞いて、おいら一人であちら側を見るのは心細かったから、向こう側でも頼れるように、レンの分も一緒に申し込んだんだ。……勝手に申し込んでごめんね」
これが一月前のラルゴとの出会いと、レンの旅立ちのきっかけだった。




