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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅲ-ii 王様ふたり
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Ⅲ-ii 王様ふたり (8月1日) 4. 飲み会1

 真は六時に康と別れた後、そのまま大図書館一階東側入り口前のバス停で市街地行きのバスに乗り、七時に待ち合わせをしていた久方ぶりに会う高校時代の親友が待つ居酒屋へと足を運んだ。


 観光客の多く通る運河沿いの道でバスを降り、少し歩いて繁華な通りを離れ、地元の人が行き交う静かな通りに入った。小さな道には銭湯や食事処が並んでいる。この通りは年を重ねた建物が多かった。人の歩く姿は目立たないが、店の奥では家族連れや宵の時間を寛ぐ者が窺える。薄暮闇の中で、店々に灯った橙色の光が並ぶ。


 行きつけの居酒屋は、二階建ての色褪せた建物が並ぶ中で、こげ茶色の外装が馴染んでいた。木造風の素朴な造りだが、建てたばかりのようなこじゃれた様子もある。小柄な建物の引き戸の入り口の横には、暖簾代わりに屋号が大書された大きな布が、壁を覆うように軒から地面に設えられていた。看板代わりの大布には、ゆるく描かれた鶏の絵と、墨書の文字が訪れる者の印象に残った。店の名前は“にわとり屋”。軒先の涼やかな風鈴がからんと鳴った。


 ほどよく賑わいのある店の中で、若い店員が新客をはしこく出迎えた。


 待ち合わせの人は、いつもの掘りごたつの小上がりの間に先に到着していた。


「久しぶり、しぃさん! どう? 最近の調子は?」


 耳に馴染んだ声が迎えた。真と同じく白石に馬の透かし模様が窺える白のナイトのクロスを持つ、高校時代の親友川端らすこの顔を見た時、真は急に笑いがこみ上げてきた。最初、待ち人は、それは再会からこぼれた笑みだと思った。が、真はしばらく笑いが止まらなかった。


「え? どうしたの、しぃさん?」


「……そっくりだなと思って」


 らすこの予想とは違い、真はいきなりらすこが“似ている!”と思ったのだった。すっきりとした顔立ち、好人物そうな目許、性別は違うのに好青年の騎士と瓜二つだった。そのことを話すと、らすこは戸惑って聞いた。


「え、でも、待って、しぃさん。まだ“向こう”でロッドとラベルって会ってないよね?」


 チェスの開始以来、ロッドがまだ会っていないということは、真はまだ向こうでもう一人の白の騎士の姿を“見ていない”はずである。ではロッドの記憶を覚えていた……? そうなら自分とロッドの記憶の境目はどこになるのだろう……? いつの間にか夢を見た直後の、自分と夢の主人公の境界のない感覚が再び蘇っていた。笑ったのは誰だったのだろう……。


 真が少し青ざめている様子なのを見て、らすこは「……大丈夫?」と旧友を見つめた。


 その時丁度、新客のお冷とおしぼりを携えて、学生らしき給仕が愛想良くテーブルに割って入った。らすこは、さらりと一言注文した。


「どっこらどんのお湯割り一つ」


「……? えぇと、私は芋焼酎のロック。それと一品料理は、いつもの感じでいいよね。海鮮サラダと、さつまいもスティック。他に月見つくねとチーズつくねを二本づつと、レバ串ととんとろ串を二本づつ。あとは、釜飯もあっても大丈夫だよね」


 注文を受けに来た若い店員は、らすこのオーダーに疑問を挟まずに、そのまま承った。給仕が去ると、真は聞き慣れぬ“どっこらどん”とは何かを尋ねた。


「焼酎の一つだよ、しぃさん。大学の友達ににわとり屋で置いてて美味しいって教えられたんだ」


 真は納得し、そのまま会話は続いた。


「らすこって、夏休みも司書講習で、しばらく忙しいんだよね?」


 らすこは大学で司書養成講座を受けていた。卒業後は、できれば大図書館に就職したいと考えているそうだった。


「うん、そうだよ。それとね、講習が終わっても今年の夏休みは、大図書館で昼のボランティアをしようと思ってるんだ。主に、蔵書整理の仕事なんだけどね」


「そうなんだ。去年はボランティアしてなかったよね」


「うん……」


 それから二人はお互い近況を教え合い、途中で酒杯が届いた。


「それじゃ、まずは前期試験が終わったお祝いの乾杯だね」


「そうだね。しぃさんは順調だった?」


「うーん。今回は一年生の時よりは、レポートが少し楽に書けるようになった感じがしたよ。うちの学科って、レポート提出の講義も多いんだ。去年は長文を書くことに慣れてなかったから難しく考えて苦労してたけど、今年は慣れたのかな」


 真は試験期間を振り返ってみて、大学に入学したばかりだった一年前を思い出した。


「そういえば去年は大変だったなぁ。福祉家政学科って普通、先生が講義内容に関係するテーマを指定してレポートを書くことが多いんだけど、先生が指定した本を読んで、レポートを書くっていう課題もあったんだ。その本って、本を持っている人から同じ学科のみんなで貸し合ってたから、期日までに読むのが大変だったよ。他にも、必修科目の癖のある課題に悩んだり。それに比べれば、今年はストレートな感じだったと思う」


「それは良かったね。去年はみんな初めてのことだったからね」


「一年経って、少しは成長したということかな。でも、あんまり実感ないんだけどね」


 らすこは改めて酒杯を軽く持ち上げた。


「では。まずは試験の無事終了を祝して。それと、夏休みの講義や講習が無事修了することを願って。乾杯!」


 杯を幾分か干した後、小料理が随時運ばれて来た。真は釜飯を小皿に取り分け、らすこはお品書きに目を通し二杯目の酒を選んだ。


「来年はゼミがあるよね。どの教授のゼミに入るかもう決めてる?」


 らすこは少し気の早い話題を口にした。ゼミを受け持つ教員は、福祉家政学科の場合、一学年当たり十名程おり、一人の教員が十名前後の学生を担当する。生徒はどの教員に師事するかは自由に選べ、毎年一人か二人の教員に人気が集まる。


 福祉家政学科のゼミは、家政系のゼミと、福祉系のゼミ以外にも、多様な教員がゼミを受け持っている。真は漠然と経済学の圷先生が来年ゼミを担当するなら選ぼうかとは思っていた。比較的自由な雰囲気で、自分の気になるテーマを決めやすいような感じがしたからだった。講義では身近な話題で実用的な話が多く、高校までの授業のように板書が丁寧だったので親しみやすかった。


 だが同じ学科の先輩に知り合いはいないのでゼミの話を聞く機会がなく、実際のゼミがどんなものかあまりピンと来なかった。まれに授業の中で、その講義の教員に師事しているゼミ生が現れ、卒論のためのアンケートに協力を求めることがあった。そんな時、先輩たちの難しそうなテーマや、意外なことに目を向ける視点に感心し、卒論という重い義務に不安になることもあった。が、結局、一時友達と話になっても、よく分からないことなので、いつも話題はすぐに消えてしまう。ゼミの話は二年生には少し距離が遠かった。


「え、私の方はまだ決めてないよ。たぶんギリギリまで考えないんじゃないかな……」


 真があいまいに答えると、らすこは相手が乗り気がしないのを読み取り、無理に続けず、そのままあいまいに話題を引き取った。そして話題は学生生活の話などになった。


 日本酒を程よいペースで傾けながら、時間を忘れて談笑した。二人ともアルコールには強く、酔いは回らなかった。


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