Ⅲ-ii 王様ふたり (8月1日) 1. 集中講義6
十二時を回り、午前の講義はほどよい所で打ち切られ、昼休みとなった。朝日とほむらは一階の自動販売機へ飲み物を買いに行き、残った二人はその場で休息していた。学生たちの多くが買い物や食堂に向かってしまい、残る者が少なくひっそりとした大教室は、人の少なさから話し声がよく響いた。前側の右端の席では恋愛の話を深刻な声で小さく語っていたり、後ろの席ではアルバイトでの人間関係を相談するささやき声などが聞こえたりした。
残った真とまかの二人は、自分の携帯端末に目を通していた。真は新着の通知や、紅雲楼からのお知らせがないか、まかはいつも見る愛らしい猫のブログやコミュニティを閲覧していた。二人の手元には、アイスコーヒーがあった。まかはいつも、自分で焙煎したこだわりのコーヒーを水筒で持参して、友人の間にも分けていた。水筒はコーヒー専用のもので、コーヒーが酸化しない特別な作りになっていた。
「これが“The Chess”だよ」
真は携帯端末で新着情報の確認がざっと終わると、今日の分の“The Chess”を小さなカードに保存して、それをまかに手渡した。
「私は騎士のロッドで、朝日がウェイ、ほむらがメルローズ。一日目にしてウェイともメルローズとも会ったよ。あ、ロッドは不思議な少女と出会って一緒に旅している所から始まるんだ」
まかは保存用カードを受け取ると、自分の携帯端末に差し込み、真に礼を言った。そこへ朝日とほむらが下の階から戻って来た。
「ねぇ、真にまか! お昼ご飯は中庭で食べない!?」
フレーバーウォーターのペットボトルを携えて戻ってきた朝日は、真とまかを外へ誘った。真は教室後方の窓を振り返って見た。外は晴れていた。
「いいね。まかは?」
まかも頷いた。四人は鞄を持って廊下の突き当たりの薄暗い階段から一階へ降りた。降りるとすぐに見える食堂向かいの行き慣れた購買部は、静けさの中、見慣れぬ白いシャッターの壁を下ろして休業していた。数歩行き、広く開け放たれた食堂の入り口の前で真は中を眺めた。昼時になると多様な学年学科の学生たちが集まり、空席一つ作ることなく賑わう広い食堂は、夏期休暇に入った今日は店の奥が薄暗かった。休日に足を運んだ者たちの貸し切りとなった空間は、整然と並ぶ長テーブルに四、五人づつが、ぽつりぽつりと孤島のように席をとっていた。四人は食堂前のドアから中庭へ出て、連絡通路の真下にある小道沿いのベンチの一つに腰を下ろした。先客は居ない。
強い陽射しを遮る陰の中は心地よかった。屋外の空気は、長い一日の中休みに気力の回復を手伝った。
四人は並んで座り、講義の感想や夏休みの予定の話などを語りながら、食事の時間を楽しんだ。それから話は“The Chess”に移った。
「ウェイって変わり者だよね、本当。掴み所がなくて、飄々としていて、信念なんかなさそうでね。……でも、馬上試合で大勢の騎士たちの前に立って、期待に燃え立つ観客たちの視線を一身に集めながら堂々と舞台の真ん中で宣誓を唱えている時は、正直かっこいいと思った……」
朝日は遠い人の大事な記憶を丁寧に思い出すように言った。言葉の中に名残惜しさがかすかに垣間見えた。だからと言って、朝日が相手の騎士のことを少しも恨みがましく思うことがないことは、言葉を交わさずとも真は分かっていた。
「私も、朝日の言うその感覚わかるな。私の場合、メルローズは憧れだな。『私は団体馬上試合には参加しないつもりだ。紅白のうち紅だけ二名の参加では公平ではない』と言う剛直さは“こちら”では見る場面がないので心に残る」
「ほむらって、メルローズに似てるね。あ、メルローズって、正義感が強くて実直なんだ、まか」
真は会話に距離を置く者に、さらりと一言手を差し伸べた。
「そういう真も、ロッドと似てると思うよ」
「えぇ? そうかなぁ」
朝日の指摘に真は首を小さく傾げた。
「いつでも人の集まりの中心にいるでしょ、真って。周りに人が集まってくる、みたいな感じだよね。ところでプロミーって誰なのかな。真は心当たりないの?」
“The Chess”の中で近しい人の場合、“こちら”でもそばにいる人であることが多かった。しかし真は首を横に振った。
「ううん。私が知ってる人は、白のクイーンのクロスを借りてる保育学科で高校時代のバスケ部の先輩と、もう一人の白のナイトが、“The Chess”を紹介してくれた親友なんだよね。その他その先輩が知り合いの中で白のルークを二人知っているようなんだ。あと、今朝わかったんだけど、白のビショップの一人が同じ学科の同級生で、よく一緒のバスに乗る友達だったんだ。それだけだよ。でも、プロミーには会ったことがあると思う。だから、夏休みは王様探ししてみようと思ってるのさ。朝日とほむらは、大図書館のボランティアで忙しいんだよね」
「ごめん真。でも、夏休み中も何かあったら連絡して」
「情報交換なら私たちもメールする」
「あ、まかにもゲームの進捗伝えるね」
そろそろ昼休みも終わりに近付き、館内の食堂で昼食を食べていた生徒たちが、ちらほらと大教室へと戻っていた。四人は教室へと戻った。




