Ⅲ-ii 王様ふたり (8月1日) 1. 集中講義2
真はたいてい通学に駅前バスターミナルから出るつつじ女子大前行きのバスを使う。バスは駅を始発として途中つつじ北駅を停車し、終着駅の女子大前停留所までを約三十五分で運行する。
朝の八時代、バスターミナルの女子大前行きの乗り場には、Ⅰ講目にぎりぎり間に合うように着くバスに乗る、市内在住組の女子学生の賑やかな集まりが見られる。だが、今日は他の学年が夏休みに入ったので、アスファルトが日を照らす暑い停留所でバスを待つのは観光客風の人たちばかりで、学生は二、三人しかいなかった。
通学途中にある行きつけのコンビニエンスストアで、昼食用の弁当とお茶のペットボトルと若干のお菓子を買ってバスターミナルに向かった真は、バスを待つ人の中で、乗車口のフェンスの前に立ち、携帯端末の画面に見入っている、青い半袖パーカー姿の友人を見つけた。茶色のロングヘアをいつも後ろで一つに束ねているので、狐のしっぽのような束ね髪が、後ろから見た時のトレードマークだった。
石塚康といった。名前は健康の“康”と書いてコウという。珍しい名前である。が、真もマコトと読まずシンと読むので、ぱっと見が男っぽい名前なのが共通していた。それが去年、康と初めて話すきっかけともなったのだった。
康は真と同じ福祉家政学科二年であった。去年、通学の時間が重なることが多く、同じバスを待っている間に話すようになった。この学科では、一年生の時は全員が履修する必修科目が多く、また卒業単位獲得のために、学生たちは教養科目の講義をできるだけ受講するので、同じ学年の学科生が顔を揃える授業が多かった。
しかし今年は康と同じバスに乗る機会は少なくなっていた。というのも、大学で取りたい資格が違ったことで、選択する授業が別れて時間割が合わなくなったためだった。二年時からは、必修科目が少なくなり、学生はその分、自分の進路に合わせた選択科目を受講する。福祉家政学科は、もともと家政学から始まった学科で、主に家庭科と社会科の教員免許の取得を目指す者と、社会福祉士の受験資格の取得を考える者とが寄り集まった学科と言えるのだった。そして康は教員免許を取るための時間割を組み、真は社会福祉系の授業を選択していたのである。二年時で同級生が揃うのは、この夏休みの集中講義のみであった。
真は久しぶりに同じバスに乗ることになったこの友達に明るく声を掛けた。
「お早う。朝が一緒になるのは久しぶりだね」
康は携帯端末の画面に映る小さな文字を熱心に読んでいたが、真に気付くとそれを消灯して挨拶を返した。
「あっ、お久しぶりです、早瀬さん。今携帯端末で小説を読んでいたんだ。最近、電子書籍を通学中に読むのが習慣になってまして」
「康さんはよく本を読んでいるよね。うちの大学も、大きい図書館があるから結構本好きが多いしね。そうだ、アメ食べない? 今日は長丁場だよね。だから、お腹が空かないようにさっきコンビニで一袋買っておいたのさ」
「あぁ、どうもありがとう。一つ頂きます。でも早瀬さんも古典とか海外文学とか長編の小説でも抵抗なく読む方だよね」
真は、先ほど買ったミルクキャンディーのパッケージを開けて康に一つ渡し、自分も一つ嘗めた。
「私の場合、自分からじゃなくて、高校の時の部活の先輩や妹がこってりした話が好きだから、よく私に厚い本を薦めてくれるので読んでしまうだけだよ。漫画の方がたくさん読んでいると思う。あ……ちょっと失礼」
真のトートバッグの中で、携帯端末が振動した。持ち主はそれを鞄の内ポケットの中からすらりと取り出して通知を確かめた。それは、大学で同じ時間割を組んでいる友達からの連絡であった。それによると、今日のⅠ講目を少し遅刻する、ということだった。
「あ、康さんごめんね。友達が今日の講義遅れてくるって連絡入って。遅刻なんて初めてだったと思うけど、大丈夫かな。あ、バスが来たね」
ちょうど五分遅れで、八時二十分の大学行きのバスが到着した。二人はバスに乗車して、後方の二人掛けの座席に並んで座った。




