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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅲ 約束の子
48/259

Ⅲ約束の子 4. 天駆ける天馬

「久しぶりだな、エーデル」

「ええ。こちらこそ、アキレス」

 蒼天に風が舞った。羽の付いた赤馬と白馬が対峙していた。甲冑に身を包んだ女戦士たちは、長剣を構え、互いに距離を計り合った。銀の刃が太陽の光で輝いた。



「彼女たちはどなたですか?」


 空を見上げていたプロミーはガーネットに尋ねた。メルローズが代わって答えた。


「金の長い髪の方が赤の女王アキレス様。赤毛のペガサスに乗っている方だ。

 そして銀の短い髪の方は白の女王エーデル様。白色のペガサスを御している。

 二人とも空中戦は強い。剣技は男女問わずどんな騎士にも負けず、魔法の技は魔法を収める者たちの中では抜きんでており、異種族の者が相手でさえ負ける者が無いというお噂だ。お二方ともお強い。

 お二人は普段は仲がいいが、戦いとなると好敵手と世間では見られている」


「今日はクイーンの戦いが見られるとはツイてますさね」

 吟遊詩人が嬉しそうに言った。



 空では女王たちは互いに睨みあっていた。

「チェスで決着をつける時が来たな」

「今日は馬上試合。お祭りですよ。私たちも盛り上がりましょうか」

 そう言うと、二人は同時に天馬を駆けた。そして頭上で剣を交わした。火花が散った。二人は二合、四合と斬り結んでいった。地上から雄叫びが鳴った。空を見上げていた競技場の騎士たちが、女王の戦いに発奮して紅白乱れて戦い合った。



 ロッドは女王の登場で一時手を止めて成り行きを見守っていたが、再び地上の戦いへと意識を戻した。

「さぁ、剣で決着を付けようか、グリンスリー卿」

 槍の折れたウェイに向かってロッドが言った。

「これが今日一番の勝負だな」

 ウェイは馬から降り、剣を構えた。ロッドも地上に降り、ウェイに相対した。観客たちは天空の戦いに「赤そこだ」「白行け」と応援合戦が盛り上がっていた。


 ロッドは迷いなくウェイに向かって行った。急所を狙う。ウェイは身軽にそれを避ける。そしてロッドの後ろに立ち胴を狙う。しかしロッドはそれを剣で受け止めた。ロッドは力ずくで剣を振り払うと、再びウェイの前に立った。今度はウェイがロッドの頭を狙った。ロッドはその剣を真正面から己の剣で受けた。そして力でねじ払い、その勢いでウェイの肩に剣を置き、首筋に刃を当てた。


「これで、私の一勝だろう」

 ロッドはウェイに一言告げた。ウェイはロッドを見た。戦意は消えていた。

「間違いない」

 ウェイが認めると、ロッドは剣を収めた。それを合図としたように、会場にトランペットが鳴り響いた。終戦の合図である。辺りは静まり、天空の戦いも止まった。フロムが高らかな声で宣言した。


「これにて団体馬上試合は終了します。こののち、今日の功労者の発表と、紅白の勝負の結果を報告する」


 戦っていた騎士たちがそれぞれ自陣へ戻っていった。そして競技場には今まで観戦場所にいた従者たちが己の主の元へ駆けつけ、主人の汗を拭き、戦い疲れた主人のために世話をした。他にも不参加だった騎士たちが、競技に参加した知り合いの騎士に労いの言葉をかけに行った。プロミーもロッドの元へ走った。後ろにはメルローズとガーネットが付いて行った。


「お疲れ様でした、ロッド様」

 プロミーは心配そうにロッドを見た。ロッドは戦った後でも傷などは得ていない様子できれいな肌だった。

「私を見守っていてくれて、ありがとう」

 ロッドは少女を安心させるように笑った。そこでプロミーに声を掛ける女性がいた。


「君がアリスか」


 煌びやかな甲冑に身を包んだ女性が、プロミーの前に現れた。地上に降りた赤の女王アキレスだった。そして、同じく銀に輝く甲冑姿の白の女王エーデルが微笑みながら後に続いた。二人はペガサスを曳きながら、道を空ける騎士たちの中を堂々と歩いてきた。辺りは水を打ったように静かになった。所々で「猫だ! 猫だ!」とささやかれた。


 アキレスは観衆に向けて声を放った。

「今日は赤の者も白の者もよく戦った。良い試合であった!」

 あたりはそれに応えるようにわぁぁぁーーーっと叫び声があがった。

「ここにいる者も、教会で戦いを聴く者も、今日の試合は心に残るであろう! 騎士たちの武勇と騎士道精神は魔法本に新たなチェスの歴史として刻まれている。私たちも触発されてここへ来た」

 そこでエーデルが続きの言葉を受けた。

「私と戦いたい者はいるかしら?」

 白の女王エーデルが辺りを睥睨した。そこに人垣を縫って一人の少女と一人の女性が現れた。

「私は赤のポーン、魔弓使いのピコット・ミル!」

「私も同じく赤のポーン、半ドリヤードのオリーブ」

 辺りはがやがやとざわめいた。しかし、その場に現れた者は挑戦はしなかった。

「今日は戦わないわ。でも、今度会った時は“試合”を挑むかもしれないので、顔を覚えておいてね」

「私も今度、戦いの場でご一緒することを楽しみにしています」


 そこで、アキレスはプロミーに近付いた。

「初めまして、プロミー。君は何で戦える?」

 好戦的な色を持ったまま、アキレスはプロミーに尋ねた。プロミーは戸惑った。

「私は天馬を駆ったり魔法が使えたりはしません。私はチェスしかできません……」

 アキレスはプロミーの青い目を見て、深く頷いた。空の端が水色から橙色に変わっていた。二人の女王は、日暮れ前に城に戻るため、それぞれのペガサスに跨った。アキレスはプロミーに別れ際に一つの言葉を残した。

「赤の王城まで来い、プロミー!」

 プロミーは答えられなかった。しかし心にその言葉を残した。


 トランペットのファンファーレが鳴り響いた。結果発表の合図だった。ロッドは再び紅白の陣地の中央線に馬を進めた。鏡のように、ウェイが並んだ。領主フロムが中央に現れた。


 判定者は朗々とした声で、結果を述べた。

「では判定を申し上げる。一番の功労者は、赤はウェイ・グリンスリー卿とパデューク卿。白は騎士ロッド」

 観衆は一度盛り上がった。そして、静けさが戻って来た。

「そして捕虜の獲得数であるが、……白が多かった。よって、今日のこの試合は白軍の勝ちとする!」

 結果発表と同時に花火が打ち上げられた。観衆はこれでもかとばかり声を上げた。祝福であり、どよめきであり、労いであった。その中で負けた者を貶める声は無かった。その場に集まった皆が一体感を持って参加した騎士たちを祝福していた。


 ウェイは結果発表が終わると、ロッドに近付いた。

「“試合”の勝負は決まった。私はこれにてチェスから離れるよ」

 ウェイはさっぱりとした表情で、胸のクロスを勝者に手渡した。ロッドは静かにそれを受け取った。

「あい、分かった。これは教会まで預かっておく」

 その言葉を受けると、ウェイは馬に乗りその場を離れた。

「ロッド様……」

 ロッドのそばにいたプロミーが主人を見上げた。ロッドは頷いた。

「では、城に戻ろう」



 その夜、城や会場では祝賀会があった。プロミーはロッドに付き添ってその催しに出席した。ロッドはあちらこちらからお祝いの言葉を受け取った。その夜は遅くまで会が開かれ、団体馬上試合の主人公であるロッドは夜が更けるまでもてなしを受けた。プロミーは夜更け前にロッドから離れて、城の貴賓室で息を飲んで見守った一日の疲れを休めた。



 翌日、日が昇る前にロッドとプロミーは起き、礼拝堂から暁鐘の知らせを受け取った。ウェイのクロスは、前日祝賀会が始まる前に、ロッドが礼拝堂の僧侶に渡していた。白の王都からの伝令に変更はなかった。二人はその後城の城主の間で朝食をとると、領主に挨拶をして旅支度をした。


 城を出る時、ちょうどメルローズとガーネットの出立と重なった。プロミーはお世話になった二人に頭を下げて礼を言った。

「ありがとうございました。メルローズ卿とガーネットさん」

 メルローズは笑顔を見せ、ガーネットは別れの言葉を与えた。

「剣術はよく覚えていてね。今度会った時は、また西大陸の騎士の世界について教えてあげるわ」

 メルローズがロッドに言った。

「私たちは赤の王都に戻る。この次会った時は、たぶん私たちはライバルだろうな、ロッド」

 ロッドは頷いた。

「今回はプロミーの面倒を見てくれて感謝している、メルローズ卿。再会が“試合”でも、楽しい試練なら私は歓迎する」

「そうだな」

 メルローズは一つ頷き、愛馬に出立の合図をした。メルローズとガーネットは街道をロッドとプロミーとは反対の道に進めた。

「では、私たちも」

 ロッドは一言告げると、馬を歩かせた。プロミーも小鹿に乗りながらそれに従った。

「次は白の王都へ行くが、そこでプレイヤーたちに会った後は、私の故郷へ行こうと思う、プロミー」

 ロッドはプロミーに旅の道筋について話した。

「私の身内に挨拶をしていきたい。その後は、天意に任せる」

「分かりました、ロッド様。ロッド様の故郷ですか。……楽しみです」

 最後は小声で呟いた。ロッドはにこりと笑うと、旅の道を進めた。


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