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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅲ 約束の子
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Ⅲ約束の子 4. 団体馬上試合1

 空は晴れていた。ロッドとプロミーは夜が明けると、城の礼拝堂で暁鐘の知らせを受け取り、城主の間で朝食を頂いた。それからロッドは甲冑を身に着け、人の流れに合わせるように、城の外へ出て広野へ向かった。


 試合は城門前の平原で行われる。


 馬上試合では、競技用の槍と剣を使う。槍は折れやすいようにできおり、剣は刃の鈍いものを使う。攻める者は、槍を脇に構えて、相手目がけて馬を駆り、突く。落馬させれば、剣と膂力を以って自軍の陣地へ連れ込む。敵陣へ引きずり込まれた者は捕虜となる。両陣営、非戦闘地帯の休憩地を持ち、参加者は一日中戦う必要もない。勝負の判定は、捕虜の数、戦いの采配の卓抜さを勘案して、主催者が決める。戦いの間、魔法を使ってはいけない。


 一般の観覧場所は競技場の外側にあった。そこは立見席で、誰でも入ることができた。領主や高貴な人々は、その観覧場所の一部に設置された高台で椅子に座って観戦した。また、城の張り出し窓は特等席だった。貴人たちは城の張り出し窓から試合を眺め、勇名はせる異国の騎士の名を囁き合い、己の形見を託した者の活躍を祈った。


 広野では、それぞれ紅白に分かれた騎士たちが自陣に集っていた。ロッドはプロミーを人の溢れた観覧場所へ送った。そこにはすでにメルローズとガーネット、それに吟遊詩人がいた。プロミーはそこで一日待つことになった。


 ロッドは辺りを歩いていた花売りを呼び止めた。花売りは色とりどりのスターチス、紫や白のデンファーレの他、千日紅、金魚草、ヒペリカム、マトリカリアなど様々な花を売っていた。ロッドは花売りから一つ白い小花の咲いたスターチスの花を受け取った。


「楽しんで来ようと思う、プロミー」

 ロッドは青い花をプロミーに贈った。

「お気を付け下さい、ロッド様」

 プロミーは青い目で心配そうに騎士を見つめた。



 会場が整い、馬に乗った騎士たちが隊列を組み、紅白が競技場の中央線で対峙した。領主フロムが中央線の上に立ち、開始の言葉を放った。


「これより団体馬上試合を開始する」


 その言葉と共に、赤陣営からはウェイが、白陣営からはロッドがそれぞれの愛馬に乗って前へ出た。


 ウェイは観客からの視線を受けながら考えた。


 騎士の中には、ナイトがチェスが始まって一週間以内のうちに行われる馬上試合で、戦略も関係なくクロスを賭して戦うことを、ただの自分を喧伝する派手好みの愚行だと考える者もある。だが、ウェイはこの熱気溢れる観衆の中心に立つことを否定する気にはならなかった。チェスはもともと娯楽の少ない民衆を、夏の間ひと時楽しませるために作られたものだそうだ。それなら、チェスの試合は全部、観客を楽しませるために行われることになるはずではないか?

 その中でナイトの馬上試合は、最も観客に期待される最高の舞台だ。馬上試合にナイトが誰も参加しないチェスは、いつも華が欠けたように物足りない。


 馬上試合は、まるでおどけた喜劇のようだと嘆く騎士もいる。プレイヤーは試合という舞台で、自分が持つ芸を披瀝して観客を楽しませる役者のようだと。

 ウェイはそれなら役者でもいいじゃないかと思う。


 ウェイは首のクロスを外して、天にかざした。辺りは一気に静まり返った。観衆たちは息を詰めて見守った。張りつめた空気の中で、騎士は高らかに誓言を唱えた。


「我はチェスを創りし古の魔術師の名に賭けて誓う。

 我の前に立ちし白の者に試合を挑む。

 勝負は団体馬上戦。

 判定者と天意を以って、勝敗を決める」


 雲間から二人の間に日の光が射した。ロッドも胸のクロスを外して高く掲げた。大きな声でロッドが応えた。


「古き伝説の黒騎士の名にかけて、我、同じく誓う。赤の者の挑戦を受けて立つ」


 観覧席はわあぁぁーーっと喧騒に包まれた。領主フロムが続けた。


「では紅白双方の意志の元、ここにチェスの試合を始める。判定者は私が請け負う。では始め!」


 競技場はトランペットの開始の合図とともに騒然となった。騎士たちは我先にと自分の狙う騎士に向かって槍で突進していった。



 プロミーの隣に吟遊詩人がいた。紅と白の対峙する中央線の延長上だった。


「私もね、昔チェスに参加したことがありましてさ……」


 詩人は突然ぽつりと呟いた。プロミーは詩人の独り言に耳を傾けた。


「それは変わったチェスでしてね。私の仲間のポーンは皆、本来は騎士や僧侶や城守りとなって活躍するはずの方たちでしてね。自分の仕える主人のために他国でポーンとして参加したわけです。その主人とは、本来キングとなるべき方でして……。といってもね、まだ子どもでしてね、私なんかは“坊ちゃん”って呼んでましたのさ……」


 吟遊詩人はプロミーに顔を向けた。


「……似てますのさ、プロミーさんに」

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