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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅲ 約束の子
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Ⅲ約束の子 3. 領主の城2

「それは青年王が西大陸の盟主になってからまだ日が浅い、若い頃の話でした――」



 青年王の宮廷の宮宰ケイ卿は、みごとな麗鳥を調理台において頭を悩ませておりました。


「……この孔雀一羽を次の円卓会議の宴で出したいが、集まった百五十人の王や騎士たちにどうやって出したものか……」


 孔雀の肉は、宴の席で主が客たちに等しく切り分けて、互いに盟約を誓う大事な料理です。孔雀は不死を象徴する珍しい鳥です。主がそんな肉を賓客にもてなすことで主客の絆を固めるという、儀式のようなものです。ところが、今回の宴で呼ぶ賓客の数は百五十人です。とてもじゃありませんが、ケイ卿にはこの一羽の孔雀を客人全員に満足行くよう配膳する方法は思いつきませんでした。


 ケイ卿が首をひねっている時、そこに青年王が通りかかりました。


「ケイ、どうしたんですか?」


 ケイ卿と青年王は乳兄弟でした。ケイ卿はかくかくしかじかと、孔雀について青年王に相談しました。王はそれを聞くと、


「それなら、この孔雀の肉を百五十等分しましょう」


 と、幼さの残る顔でにこやかに笑いました。


「せっかくの孔雀の肉を、食べることができる人とできない人がいては、集まった王や騎士たちの間に宴を楽しめない者が出てしまいます」


「しかしアーサ様、それを誰ができるのですか?」


 青年王は無邪気に言いました。


「私は子どもの頃、厨房で仕事をしていた時から、肉をきれいに等しく切り分けることが人に自慢できるくらい上手だったんですよ。さぁ、包丁を貸して下さい! 久しぶりに腕がなりますね。時間がかかるので、ケイは他の仕事へ行ってていいですよ!」


 戸惑うケイ卿が厨房から退出すると、青年王は、その気の遠くなるような細やかな仕事に取り掛かりました。目を凝らして、数え間違えないように、寸分違わず、じっくり、ゆっくり、そおっと、そおっと……。


 日も暮れかけた頃、調理台の上の大皿には確かにきれいに百五十粒に揃えられた孔雀の肉がありました。料理に被せる美しい尾羽の羽帽子もちゃんと作りました。青年王は秀でた白い額をぬぐい、ほうっと息をつきました。


 ところがその大仕事をやり終えると、青年王は一番重要なことを忘れていたことに気が付いたのです。それは、百五十人の賓客の分の用意はできても、自分の食べる分を忘れてしまったことです。これは困りました。孔雀の肉は正確に百五十等分したのです。これからどれか欠片の一つを二等分してしまうと、それだけが小さくなり、不平等になってしまいます。王は途方にくれました。


 そんな時、ふらっと厨房に田舎者の猟師が現れました。いつからそこにいたのかも、よくわかりませんでした。青年王は不思議な訪問者に礼儀正しくおじぎをしました。


「あなたは宮廷に獣肉を届けて下さる方ですね?」


「お久しぶりです、アーサ様」


 その声は猟師にしては玲瓏として、聞きなれた声でした。青年王はぱっと破顔しました。かの魔術師は、青年王が困った時、必ず目の前に現れてくれます。


「あぁ! リン!」


 リン・アーデンは、青年王から事の顛末を聞くと、切れ長の目を細めて、大皿を見詰めました。


「器用ですね、アーサ様」


「終わりましたか、アーサ様……おぉ!? リン・アーデン! ここで会ったが百年目!! 無銭飲食の常習者!」


ケイ卿が青年王の様子を窺いに厨房に現れ、そこにリン・アーデンを見つけると、ラッパのような大声で叫びました。ケイ卿は、アルビノの魔術師と名高い大魔術師リン・アーデンに、唯一遠慮をしない者でした。百五十人の王や騎士たちでさえ、アルビノの魔術師には一目置きます。というより、ケイ卿いわく宮廷を勝手に抜け出しては仕事を溜めるさぼり魔のリン・アーデンは天敵だったのです。もとよりケイ卿は誰に対しても分け隔てなく毒舌だったのですが。


 ケイ卿は相手が無言なのでお構いなしにまくし立てました。


「セラムの町で、たびたび魔術師がふらっと酒場に訪れては、酒の大瓶を勝手に一人で平らげて、泥酔ついでに巨人や猛獣などに変幻して見せては客たちの肝を冷やし、酔いつぶれて眠ったかと思えば、酒代を払わずいつの間にか煙のように姿を消してしまうと、酒場の店主が毎月宮廷に訴えに押し掛けてきおる!」


 リン・アーデンは首を横に振りました。


「それは私ではありません。そのうちご本人が、たまったツケを返しに現れますよ。ケイ卿」


 しかしケイ卿は怯まずに、小言を続けました。


「お前は無意味に姿を変えて人前に現れるから、無駄な誤解を招くのだぞ! それにお前の行う魔術は途方もなさ過ぎるのだ。お前の作った円卓だって、百五十一席は多過ぎるだろうに! 他にもまだまだあるのだぞ! お前が王宮から消えている間に政務はたまって……」


 ケイ卿のいつもの口癖が始まると、リン・アーデンは調理台の方を見ました。青年王もそちらに振り向くと、いつの間にか調理台の上には孔雀の肉が十五皿と、一羽の孔雀の肉を十分の一に切ってある一かけらが乗った皿とがありました。リン・アーデンは優しく言いました。


「これは先程私が狩った孔雀です。孔雀の肉を切るのは宴の時に行って下さい。今度は数をお間違いなく」


「ありがとうございます、リン」


 青年王がお礼を言うと、リン・アーデンは再び消えました。

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