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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅲ 約束の子
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Ⅲ約束の子 1. アリスのクロス2

 ロッドとプロミーはオリシスという小さな町に着いた。ここでも団体馬上試合の行われるカーレインの町への道の途中ということもあり、狭い街道は旅人たちで混雑していた。ロッドは町に入ると、プロミーを連れて教会へ足を向けた。教会では青い衣に身を包んだ年若い僧侶の青年が騎士と少女を出迎えた。


「オリシスにようこそ、騎士ロッド。そして、あなたは……?」


 僧侶はプロミーを見て丁重に尋ねた。ロッドは僧侶にプロミーに会ったいきさつについて説明した。それを聞くと、僧侶は首を傾げてこう言った。


「申し訳ありません、ロッド。それは私にも分かりません。私から白の王城へお伝えし、相談してみます」


 僧侶は屋根裏部屋から光の伝書鳩を一羽連れてきて、伝言をその足に結んで放った。僧侶は少女を見て、安心させるようににこりと微笑んだ。


「しばらくの間お待ちになっていて下さい。きっと王城より答えが返ってくると思います」


 プロミーは親切な僧侶に小さく頭を下げて礼をした。


「それでは今日はこの町で宿を探そう。私は白の王城の様子など教会で僧侶と話したいことがあるから、ここに残る。プロミーはその間、この町を散策してくると良い」


 ロッドは王城の退屈な話からプロミーを解放するように言った。



 教会を後にするとプロミーは小鹿とともに町の大通りを歩いた。思い出すことは無かった。ただ噴水広場や旅人達の風景には昔覚えがあるようだった。プロミーは大きな食堂の前を通った。そこでは、片隅でチェス盤でゲームをしている客がいた。プロミーは何か惹き付けられるものがあり、小鹿を店の端に止め、そこで足を休めることにした。


 チェスを指す者のうち、片方のおやじはプロのチェス指しらしく、手元に銀貨の入った椀を置いていた。プロミーは引き込まれるようにじっと試合の様子を眺めた。試合はプロの賭けチェス指しの勝ちだった。


「お嬢ちゃん、チェスはするのかね?」


 試合を真剣に見入っていたプロミーにチェス指しのおやじは気さくに尋ねた。プロミーは首を横に振った。


「……分かりません。でもゲームのやり方は分かります」


「それじゃ、オレと一戦してみるかい? 掛け金はいいからさ」


 チェス指しのおやじは新たな客が気に入ったとばかり、プロミーを試合に誘った。プロミーは頷いた。話が決まると、チェス指しの客は席を譲り、プロミーが座った。


「お嬢ちゃんは白でいいよ」


 チェス指しはプロミーに先手を譲り、試合が始まった。プロミーは自然に先が読めるというように駒を置いていった。まるで長い年月知識を蓄えたというように。勝敗はあっという間に決まった。


「お嬢ちゃん、強いな。これは敵わないな」


 チェス指しは自分のキングを倒すと、負けを認めた。プロミーは勝ちを得て、何かを思い出したように思った。なぜかチェスの試合には懐かしさがあった。


「アルビノの魔術師にでもチェスを習ったのかい?」


 チェス指しが冗談めいてプロミーに尋ねた。アルビノの魔術師は、チェスも得意で誰にも負けたことは無いという伝説があった。古の魔術師の名を聞いて、プロミーはふと思い出したことがあった。周りを見渡すと、我を忘れてそれを言葉にした。


「青年王は始め、チェスが苦手でした。リン・アーデンは、青年王のために、途方もない魔術で、チェスをもとに三十二人で行う一つの大きなゲームを作りました。チェスに参加するプレイヤーは、チェスの駒と違って、誰か一人の考えで、誰か一人のために動くのではなく、自分の意志で判断して、自分のための冒険ができます。その中で、キングだけは昼間眠り続けて、夢で他のプレイヤーの活躍を見ながらゲーム全体を客観的に見据えるのです。王様ですから、冒険になど簡単に出かけられません。しかし、リン・アーデンはそんな王様に、一つ助け船を出しました。それは……。……。……何だったでしょうか?」


 プロミーは急に饒舌になったかと思うと、いきなり話が途切れた。感心しながらその話に聞き入っていた賭けチェス指しは、その唐突な聞き返しに一瞬あっけにとられ、それから大笑いした。


「『何だったでしょうか?』って、こっちが聞き手だったんだけどなぁ。しっかし、お嬢ちゃん、チェスが上手いだけでなく物知りだな。どっかの歴史家の先生にでも弟子入りしていたのかい?」


 プロミーは首を横に振り、さっきとうって変わって沈黙した。


「……すみませんが、分かりません」


 そこへロッドが迎えに来た。


「プロミー、王城から伝令が来た。教会へ戻ろう」


 プロミーは心細さから立ち直るように立ち上がり、ロッドの元へ行った。


「チェス指しさん、ありがとうございました」


 プロミーはチェス指しのおやじに深く礼をして、ロッドと一緒に教会へ戻った。



 僧侶はロッドとプロミーが戻ると、プロミーにクロスを確認させてくれるよう丁寧に頼んだ。額には汗が浮かんでいた。プロミーは「どうぞ」と手渡した。僧侶は嵌め石を見つめその特異な透かし模様を見て取ると、驚きを隠せずに目を丸くした。そして僧侶はクロスを少女へ返すと、王城からの伝令を二人に伝えた。


「白の王城に確認したところ、プロミーさんは、白のポーンということでした。“アリス”と呼ばれる九番目の白のポーンです。それはこういうことだそうです。王様の中には“夢使い”の能力で自分と違った姿を現すことができる方がいらっしゃるそうです。夢なので、王様が目覚めたら消えてしまいます……」


 プロミーが小さく尋ねた。


「……私は……実体ではないのですか?」


 僧侶は躊躇いがちに頷いた。


「分身のようなものだそうです。昔ある東大陸の賢人が午睡に蝶の夢を見て起きた時に、自分が蝶の夢を見たのか、蝶が自分の夢を見ているのか分からないと言ったそうです。プロミーさんはその蝶のような存在だということです。人が夢で見ることはプロミーさんにもできるそうです」


 僧侶はそっと気遣うようにプロミーを見てから話を続けた。


「チェスの間は白の王様は目覚めることが無いそうです。魔術師が使う変化とは違うものです。王様の存在とアリスの存在は別物だということなので、スターチス王の記憶がプロミーさんにあるわけではないとのことです」


 ロッドは名無しの森でプロミーに会った時に感じた懐かしい気持ちを思い出した。それは、王を前にしたからだったと合点した。僧侶は続けた。


「騎士ロッドには、プロミーさんを連れて旅して欲しいとの伝令です。プロミーさんには、他の白のポーンと同じく特に旅先が決まっていなければ、王都へいらして下さいとのことです」


 ロッドは僧侶の話が終わるとプロミーを見た。プロミーは自分が幻のようなものだと伝えられて心細そうになったが、王の話には実感がわかないようだった。


「私はプロミーと旅することは問題ない。プロミーはどうだろう?」


 ロッドは元気付けるようにプロミーに問うた。プロミーは頷いた。


「……私はロッド様と一緒に旅がしたいです」


「良し。では、これにて。僧侶よ、手間を取ってくれてありがとう」


「勇敢なる騎士と新たに旅立つ少女に祝福あれ!」


 僧侶は心配そうに二人を見つめながら祝福の言葉を放った。



 それからロッドとプロミーはこの町で宿を取った。部屋は別部屋にした。その後白馬と小鹿に宿の厩舎で夕食を与え、街中の店でプロミーの分の旅支度を整えると、酒場で食事をした。店は旅人達が集い賑やかだった。楽師が軽快な音楽を奏で、呑兵衛の鼻歌が場を盛り上げている中、ロッドはプロミーに旅の予定を告げた。


「明日はカーレインへ行く。領主フロムの城ではすでに馬上試合に参加する西大陸の騎士たちが集っているであろう。同じ白のナイトのラベルは団体馬上試合には出場しないと教会で教わった。赤のナイトの一人はその町でクロスを受けたそうだ。そこで私も団体馬上試合に参加する。たぶんその者とクロスを賭けた“試合”になるだろう。馬上試合は明後日だ。それが終わってから白の城へ帰還しようと思っている。騎士たちの中には、プロミーのような若い従者を連れた者も大勢いる。その中で気の置けない仲になる者と出会えると良いだろうな」


 ロッドは地元のビールを片手に羊肉のソテーを食していた。プロミーは子羊と野菜の煮込みを注文していた。食事は温かく、旅人達の疲れを忘れさせた。


「西大陸の騎士の子は、十四才くらいの頃、騎士の従者を務めている。プロミーもそれくらいの年齢に見える。旅では騎士見習いの従者ということにしてはどうかと思う」


 ロッドはプロミーに提案した。プロミーはこくりと頷いた。

「はい、私もロッド様のお考えに賛成です」

 ロッドが深く頷いた。

「チェスの間だけだが、宜しく頼む、プロミー」

 その紫の眼は優しかった。

「はい。……宜しくお願いします」

 プロミーは騎士に答えた。

 食事が終わると早めに宿に戻り、それぞれ宿の部屋で休むことにした。



 すっかり夜が更けた頃、ロッドは隣のプロミーの一人部屋の扉が開く音を聞いた。夜更けに何事かとロッドが部屋の扉を開けると、廊下で立ちすくむプロミーがいた。その容姿は霧の中のように輪郭がぼやけていた。プロミーはそのまま夢遊病者のように階段を下り宿の出口へ向かい歩いていった。ロッドが静かに追いかけると、少女は宿の出口で“消えた”。

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