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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅱ-ii 夏休みの学園祭
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Ⅱ-ii 夏休みの学園祭(8月1日) 2. 情報交換2

 滝の部屋はゲームをするためにある。壁には大型で高画質なテレビが掛かっている。部屋の真ん中にはゆったりとした革張りの一人掛けの椅子があり、そこで大画面でゲームの美麗映像を楽しんだ。足元にはVR型ゲームに没入するための専用ゴーグルが転がっている。机の横には暗号資産で儲けたお金で購入したという大きくて高スペックな黒いパソコンが鎮座していた。机の上には大型で横長に湾曲したディスプレイが置いてあった。ベッドの枕元にはこれまた三つのディスプレイが扇型に備え付けられており、部屋の主が寝ながらでもゲームに没頭できる設えになっていた。


 滝は昔からいつでも最新のゲームに熱中していた。アルバイトで得たお金は暗号資産とゲームに注ぎ込んでいた。要領のいい性格で、就職先もやはり隣の市の小さな会社に決まっており、卒論もほぼ終わらせている。夏休みは市内の会社でパソコンに文字入力をするアルバイトをしながら、夕方以降はゲーム三昧だった。ちなみにゼミの先生は圷教授で卒業論文のテーマは『XR技術(AR、VRなど)の黎明期とその受容について』である。


 滝は冷たい紅茶をコップに注いでベッドに座る凛に渡すと、椅子に深く腰掛けた。


「オレの高校時代の友達の紫陽花は知ってるっしょ? 今つつじ女子大の英文科で、大学一年の時に“The Chess”を教えてくれた親友。今回も観戦者用クロスを借りてるんだけど、誰の夢を見たかっていうと、シーフの親方だって」


 凛は随分世間が狭いように思った。沢田紫陽花は滝と高校時代から一緒にネットゲームをやっており、滝の話ではネットゲームを存分に楽しむためには英語が必要だから英文科に入ったという物好きである。


 滝は軽やかに話を続けた。


「紫陽花の入っている大学のサークルの中にシャロン姉御やハンス坊やの観戦者用クロスを借りた人もいたって。“The Chess”って不思議だねー。ところで紅雲楼に登録するニックネームの“古の魔術師”って、気の利いた名前じゃね、凛?」


 凛はたまたま自分の名前と魔術師リン・アーデンと名前が被ったので、適当に付けたニックネームであった。


「そういう滝は“宇宙外交官の友達”って何なのよ?」


 尋ねた凛はしかし何となく予想は付いた。おそらく滝の好きなゲームからとっているのだろう。滝はふっと笑った。


「今はまってる宇宙空間のRPGゲームで紫陽花の職業が外交官でさ、その友達ってこと。じゃ、ここで“The Chess”の本、交換して読み比べする?」


 滝はふくよかな丸顔に笑みを浮かべて凛に言った。凛は了承した。ちなみに二人が同時に駒のクロスを借りたのは偶然だった。滝は大学一年の時からクロスを借りており、凛は滝の話は聞いていたが特に借りることをせず、たまたまゼミ内で“The Chess”の話をしているのを聞いて今年初めて借りてみただけである。


 凛は自分の携帯端末から保存用カードに“The Chess”を保存して、滝に渡した。滝はそれを受け取ると、自分の分を凛に渡した。しばらく二人は本を読んだ。内容はクオとフローがウィンデラを出てからエルシウェルドの前で別れるまでほぼ同じで、それからフローは一人ですばしこく町を通り過ぎながら旅をしている話だった。二人は読み終わると保存用カードをお互い戻した。


「コレ、本当どこにもないゲームだよね」


 滝は椅子に反対側に座り、背もたれに肘をつきながら言った。そのまま右に左に椅子を揺らす。


「どういう仕組みになってるの、凛?」


 滝は甘えた声で尋ねた。


「知らないわよ」


 凛はぴしゃりと短く答えた。滝は頷いた。


「だよね。大図書館で事務のアルバイトをしている凛なら何か知っているかと思ったけど。この夢で物語を見せるって技術は世界中探してもどこにもないって圷先生が言ってた」


「ああ、圷先生なら好きそうな話よね」


 福祉家政学部の経済学が担当の圷教授は新しいガジェットが好きなゲーマーの滝と相性が良かった。滝は椅子から立ち上がり机の引き出しから小さな黒い指輪を取り出して凛に見せた。


「これ、何だと思う?」


 凛はこの少し大きめな指輪は同じようなデザインで銀色の物を付けている人を幾度か大学構内で見かけたことがあった。それはスマートリングと言って、それをロッカーにかざすと鍵を開閉出来たり、教室の扉の横にある出欠用の読み取り機にかざして出席を伝えたりすることもできる物だった。また、携帯端末が歩数などの健康管理情報を収集できるように、このスマートリングでも同じことができた。家の鍵としても使えて便利なので、一般的にこれを使う人も多かった。


「スマートリングでしょ。私は使ってないけど」


「うん、そう。これを付けて眠ると睡眠状態を記録しておけるから使っているんだけどさ、夢を見るレム睡眠、夢を見ないで頭を休めるノンレム睡眠の時間も起きた時にグラフで見ることができるんだけど、今朝の記録はどうだったと思う?」


 凛は少し考えた。“The Chess”で夢を見る時間が長かった分、レム睡眠の時間が長かったりするのだろうか。滝は凛の考えを読んで目がきらりと光った。


「ところがさ、結果はいつも通りの睡眠パターンだったわけ。長時間夢を見ているような気がしてても、実際はそれほど時間を取られてないってことだよね。不思議じゃねー? まるで夢の物語の時間が圧縮されている感じだよね。まぁ、夢ってたいがいそんなもんかもしれないけど」


 滝は指輪を机に置き、首元のクロスを取り出して赤い飾り石を撫でた。滝の眼は面白い“不思議”に挑戦し、愉しむ者の眼だった。その眼は好戦的なフローを思い出させた。まるで姿が違い、別の世界であっても、魔術師と盗賊の関係が地続きで繋がっているように思えた。ふと凛は腐れ縁がここまで続いたかという嘆息が聞こえたような気がした。その心の声は自分の物なのか、心に残っていた夢の主人公の感覚から来たものか分からなかった。何となくクオと自分が重なった。その錯覚を凛はさっと吹き飛ばした。


「ってことで、“The Chess”は眠りに干渉するゲームだけど健康的には問題ないってことになるね。あーあ、このゲームの映像を動画サイトに投稿できたら稼げるだろうになぁ」


 動画サイトでゲーム実況をよく見る滝は一言ぼやいた。滝は動画サイトが好きである。未来技術やオカルトがかった話が好きで、頻繁にそのような動画を見ていた。


「滝ってフローに似てるのね。フローの話を聞いてるみたいに感じるわ」


 凛は先程の錯覚を小さく言葉に出した。


「うん。オレ、さっきエントランスで凛を見た時、“こちら側”でクオを見た気がしたよ」


 滝は軽く飄々と答えた。


「やっぱ凛も感じるんだ。不思議だよね、コレ。圷先生にクロスを貸したら謎を解いてくれるかなとも思ったけどさ、やっぱ自分で楽しみたいしね」


 滝の声は柔らかかった。同じ感覚を経験した仲間に会って心が躍ったようだった。


「ところでさぁ、凛。白の方は交流サイトで誰か動いている?」


 滝は静かに聞いた。少し不気味である。


「お昼休憩以降、確認していないけど、まだあんまり人の書き込みはないようだけど?」


「じゃ、せっかくウチに来てくれたし、いいこと教えるよ」


 そう言うと滝は再びニカっと笑った。


「赤のクイーンが私の高校からの友達なんだけど、一週間位したら赤の駒のクロスの人たちで集まりを持とうとしているんだ。凛は幹事やらないの?」


 毎年駒のクロスを持つ読者は紅白に分かれて夏休みの間にオフ会をする。赤の方ではもう幹事が決まったということだった。幹事は普通大学の高学年の者が行う。凛は首を横に振った。


「私は“The Chess”の知り合いいないし、パス。誰かがオフ会のこと言い出したら参加するかも知れないけど」


「そうか。凛なら責任感が強いし幹事に似合いそうだけどね。まぁ、また何かあったら、情報交換宜しく」


 滝は楽しそうに言った。


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