Ⅱ-ii 夏休みの学園祭(8月1日) 2. 情報交換1
甲府凛は福祉家政学部の福祉家政学科四年生である。
就職活動は市内の会社に事務職で内定を得てすでに終わっており、卒業論文もほとんど完成していた。ゼミは杜田先生だった。杜田先生は大学一厳しい先生だとの学生内での評判だったが、凛は尊敬していた。福祉家政学部の一年生の担任もしており、大学の中でも責任感の強い教授だと凛は評価していた。ゼミでも厳しい言葉が飛ぶが、真面目な凛とは相性が良かった。
そのゼミも夏休みは特に用事もなかった。ゆえに夏休みは、毎日大図書館で事務のアルバイトをしていた。時間は八時四十五分から十四時四十五分までのパートタイム勤務だった。
八月一日十四時四十五分。アルバイトが終了すると、凛は制服を着替え職場を後にし、大図書館東側入り口まで図書館内を散策するように歩いて行った。毎日大図書館へはバスで通勤し、東側出口のバス亭を最寄駅として使っていた。
凛は帰り際に二階東側入り口前のインフォメーションボードでそっと足を止めた。今日の催事情報が載っていた。毎年同じ夏休み特有の催し物が賑やかに並んでいた。凛は在学四年目になっても、夏休み初日の始まりの匂いは好きだった。外の海風が微かに鼻をくすぐった。巨大な電子掲示板のその下の電子看板には、白地に大きな文字でちょうど“今月の休館日は二十九日です”と表示されていた。この大学図書館では、休館日は図書整理期間と年末年始を除くと一月に一回であった。
凛の横を小学生の女の子と手を繋いだ青いローブを羽織った女子大生が通って行った。もう一方の手にはこげ茶色のランタンを下げていた。子ども向けの案内係のボランティアは、目立つようにコスプレをしていることが多く、そのそばを通る時、凛はひと時異界を思わせた。
凛は自宅のある高層マンションに帰宅した。凛は実家から大学に通っていた。つつじ市生まれで、身内も友達もこの町の人だった。
ちょうど小ぎれいなエントランスで銀色の郵便受けを確認している時、後ろから弾んだ声が現れた。
「おかえり凛。今日もアルバイトお疲れさん、もぐりの魔術師ちゃん!」
そう凛に笑い掛けてきたのは、背が低く小太りな女子大生だった。甲府滝だった。滝は同じマンションに住むいとこで、小さい頃から同じ学校に通って毎日顔を合わせる間柄だった。大学もたまたま同じ大学の同じ学科だった。二人とも自宅から通える大学を選んだ結果だった。
滝は大らかな性格で、真面目で几帳面な凛とは馬が合わず学校でも別々の行動を取っていたが、時々互いの家に遊びに行くなど長年幼なじみのくされ縁を続けていた。
「そういう滝も今日はアルバイト帰り? って、魔術師ちゃんって何で私の相方のこと知ってるの。ってことは、やっぱり滝がフローなわけね」
凛は冷静な眼で滝に尋ねた。滝はニカっと歯を見せて笑った。
「当たり。“The Chess”って面白いね。少しオレのウチ寄ってかない? ウチで話しようよ」
滝は明るく軽いノリで凛を誘った。
「少しだけよ」
凛は夕方の食事の準備まで用事が無かったので、軽く頷き滝の家へ行くことにした。




