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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅱ魔術師と盗賊
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Ⅱ魔術師と盗賊 3. 魔術と魔法の違い

「魔術と魔法の違いだが、まず、魔術でも魔法でも、魔力を使う技術であるという所は同じである。


 魔力とは、生まれつき決まった体質的なものだから、人間誰もが持っている力ではない。また、ある種のモンスターや植物、天然自然の物、例えば鉱物にも魔力を持つものがある。鉱物の場合、長い時間をかければその魔力が増大していくという性質のものもある。これが、よく町で売られている魔法石だ。


 人間の話に戻ると、大昔は魔術師と魔法使いの区別はなかったという。ただ魔力を持っていて、それで何かができる人がいるだけだった。今のように魔術師や魔法使いを始め、魔法アイテム職人とそのアイテムを使って働く者たち、召喚士、呪術師といった魔力の使い方を熟知して、魔力を専門的に利用した職業が色々と分化していなかった頃の話だ。


 古の魔力を持つ人々は、それぞれが独自の方法で、魔力の使い方をとことんまで究めることにした。その中で魔女と呼ばれる人々は、自然現象を一日中観察して、その知識を自身の魔力を使うことに活かした。風の起こり方を見つけたり、火の正体を見極めたり、一から自力で魔力の使い方を勉強して覚えていったわけだ。反対にある者たちは、エルフなどの古くから魔力の使い方に長けていた者たちに、その技術を教わった。それを魔術と呼び、教わった者たちは魔術師と呼ばれた。だから魔術師は、昔は異種族の者たちのそばに住む者だけがなれたわけだ。これから行くエルシウェルドもそういった町だ。ここまでは、魔術と魔法には、術の編み出し方に違いこそあれ、ほとんど同質のものだった。


 ところが今の魔術と魔法には、決定的に違う所がある。それは、魔術には魔法と違って、空間を扱うことができることだ。いわゆる異空間術と言われるものだ。魔法使いは空を飛んで移動し、魔術師は目的の場所に空間を繋げてその場から一瞬で違う場所に移動する。といっても瞬間移動を含め、物や動物と違って人間が人間自身に魔術をかけることは高度な技で、それができる者は数少ないのだが。だから自作の異空間に複数のプレイヤーを強制移動させるチェスのルークは、生まれつき相当な魔力を持っている、古くから国のトップを守ってきた魔術師の血筋じゃないとなれないというわけだ。歴史上最大の魔力を持ったアルビノの魔術師は、戦のとき青年王の加勢に一万人もの戦士たちを瞬間移動させたというが、それは前代未聞であり、これからもそのようなことができる者は現れることはないだろう――」


「ふーむ、んで、ふつう魔術師は最大何人まで移動させられるの?」


 フローはこんもりと茂る森の木の中から頭だけ出して質問した。


「普通の魔術師は、何とか自分が瞬間移動できるようになるくらいまでしかいかない。魔力が強くセンスのある者たちで二、三人、ルークでせいぜい十人くらいがやっとだ。魔力は使えば使うほど回復に時間がかかるから、魔術師は不必要に人間に魔術をかけない。自分の能力以上の魔術を使おうとすると魔力を失う恐れがあるし、下手をすれば命にかかわるからな」


「あ、でもクオってさぁ、その話によると……」


 しかしクオは、一度話を始めたからには途中で中断されたくなかったのか、それともわざとか、フローの疑問を無視して先を進めた。


「魔術と魔法の違いの続きだが、魔法はもともと魔女たちがこの世界の自然研究の知識と自分の魔力を組み合わせた末に編み出した技術であるが、今の魔術はこの世界の外の者から伝来された技術だという説が定番だ。というのも、魔法にはない異空間術は、人間以外の異種族でも昔は使えなかった。


 この世界の外の者とは、ふつう“時間に嫌われし者”と呼ばれ、異界間を往来してこの世界に関わる者たちである。彼らはこの世界の者より高度な技術を持っていることが多く、伝説ではアルビノの魔術師の魔術の師匠が異界人であり、かの者がリン・アーデンに異空間術を教えたことにより、この世界にその魔術が伝わったとも言われている。


 “時間に嫌われし者”という名の由来は、時間の流れが同一ではない二つの異界間を移動するため、その者の時間の流れと行った先の世界の者との時間の流れに違いが生じることからそう呼ばれる。よく神話や昔話に、桃源郷へ行った若者が元の世界へ帰ると、故郷では何十年も時が経っていたという話や、逆に異界に行き、そこで白髪になるまで人生を送ったが、元の世界に戻ると一睡の夢の時間しか経っていなかったという話があるだろう。“時間に嫌われし者”たちにも同じことが起こり、彼らの中にはこの世界では不老となる者もいる。


 彼らは単なるトラベラーの場合もあるし、何らかの仕事で異界間を往来している場合もある。異界へ移住する者さえいる。しかし、ほとんどの場合その世界の者には気付かれずに通り過ぎてしまう。彼らの中でよく知られていて唯一馴染み深いのは、“鏡の国の者”たちである。鏡の国の一族は、異界に散らばって移り住むことが多い。チェスを作ったアルビノの魔術師の恋人は鏡の国の者で、チェスで使われている百五十一冊の魔法本も彼女が製作したとも言われている。


 ずいぶん回り道をしたが、魔術と魔法に話を戻そう。今では魔法の方が魔術よりも幅広く利用されている。例えば冒険者には必需品の魔法アイテムは、名前どおり魔法を使っている。武器や道具を製作する時に物に魔法を込めることで、そのアイテムが魔力を秘めるようになる。この魔法アイテム職人の場合、職人の魔力の強さよりも、代々伝えられ改良されてきた魔法を使うセンスの方が重要になる。センスとは、魔力が使いやすいように、元からある魔法や魔術を工夫するひらめきのことだ。センスは天稟だが、磨けば思わぬ才を発露することもある。元来魔法は、魔女の一人一人が自分にあった独自の技術を編み出して作ったものなので、改良しやすいわけだ。


 反対に魔術は、もともと人間よりずっと魔力の高い異種族の者たちが使っていた、完成された技術であるから、魔術を使う者たちは、センスより魔力の大きさが重要となる。魔力の大きさは生まれつきのものなので、魔術は魔法ほど柔軟性がない。西大陸中に広がる教会の僧侶たちも、魔法学を学び魔法を使っている、というのも、魔法の方が一般的となる理由だろう。


 結局のところ、魔術と魔法の違いとは、魔法とは自分たちの世界の者が自分たちで考え出した魔力の使い方の方法をいい、魔術とは異種族や異界人から伝授された魔力の使い方の技術を指す、ということになる。だから、ややこしい話になるが、エルフやドリヤードなどが魔力を使う時は、魔法を使うといい、鏡の国の者が魔力で作った特殊な本は“魔法本”という。これらは自分たちで考え出した魔力の使い方を行っているからだ。だが召喚士の魔法陣は、異空間術を使っているので魔法ではなく魔術に分類する。この魔法陣とは、改良が難しい魔術としては珍しく、異空間魔術に工夫をこらした技である。魔法陣は魔力を省力化できる便利な技術だ。


 しかしまぁ実際のところ、普通の人々は魔術と魔法の違いなど区別せず、魔力を使ったらそれを“魔法”と言ってしまうことが多いのだが」


 山道の森の木がまばらになってきていた。もうすぐエルシウェルドだった。クオは足を止めた。森からは声が返ってこなかった。クオはフローが先に進んでしまったのを知ると、再び魔術師の町へ足を向けた。


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