XV-ii 赤いドレス (9月31日) 9. 黒騎士のタペストリー 4
「あとは機械的な話で終わるわ。
“The Chess”の文章は、この魔法本から取っているの。それをコンピューターの紅雲楼に乗せて、こちらの世界で駒のクロスを持つ人たちに配信しているの。この魔法本は西大陸に百五十一ある魔法本とは違って、西大陸で駒のクロスを持つ人の動向が全部記されるの。でも、プライベートなこと、例えばトイレや入浴などは記載されないようにしているわ。それはお互いを夢で見る時も同じ制約をしているの。
駒のクロスはこちら側の世界と西大陸の世界と二つあるように見えるけど、存在としては同じものなの。そう言っても、ちょっと分かりづらいわよね。ただ、そういう魔法もできるっていることだけを覚えておいて。また何かトラブルがあった時、この基本を知らないと混乱するから。
あと、クロスの選出についてね。これはこの大図書館のコンピューターサービス紅雲楼の中のスタッフモードの中に、あちらでのプレイヤーとこちらでの読者のマッチアップという機能があるの。これも私がシステムを考えたんだけど。だから、コンピューターを見れば、誰に貸し出せばいいかわかる仕組みが整っているの。一応、駒のクロスの読者は盗みをしない人を選んでいるんだけど。向こうでは選出にモラルが無くなっているのよね。
まぁ、そこら辺については、今度私が向こうへ行って、クロスを回収して、帽子屋に魔術で盗難にあった時の仕組みを組み込んで貰うわ。今回は一人で盗難に遭ったクロスを探すのが大変だったこと。だから、新しくクロスの管理を任せられる川端さんが来てくれるのは助かるわ。観戦者用クロスの選出はそれより緩くて結構誰でも借りられる状態」
リアルは一口コーヒーを飲み、続けた。
「あと、クロスは借りた人じゃなくても、それを身に着けて眠れば誰でも夢を見られるのよ。だから、実はクロスの又貸しやっている人がいるわ。でも、それはそれで縁だから気にしないで」
らすこはクロスの貸し出し事情が複雑なこと、それを館長は把握しながら見守っていることに奥の深さを感じた。リアルの話し方はとても事務的で、さばさばしていた。見た目通りの若い女性らしい高めの声だが、懐の深さが潜んでいた。
「向こうでもこちらの世界の夢を見ているのは知っているわよね? こちらでは数日分の夢を見て、向こうではその数日分の最後の日の夜に、同じ期間のこちらの夢を見ているの。向こうでクロスを試合で失っても、その見せた日数だけ向こうの人もこちらの夢を見るのよ。
クロスを着けるとなぜ異界の夢を見られるかについては、私は魔法としか言えないわ。でも魔法って、この世界ではまだ発見されていない技術のことを言うのよ。いつかこのクロスも魔法と呼ばれなくなる日が来るかも知れないのよね」
リアルは再びコーヒーを口に運んだ。そしてカップをカチリと置くと、語気を強めた。
「あと一つ、絶対大事なこと。このクロスは魔法を使っているけど、このクロスの材料を集めるにはお金と手間がかかるの。だから、一つでも紛失はできないの。これを本のように“保険”に入れないのは厳しいわ」
最後にリアルは強気な笑みをらすこに向けた。
「これ全部覚えておいてね。これから“The Chess”の管理を補佐するのがあなたの仕事だから」
らすこはいっぺんに話されて、ノートにメモを取っておけばよかったと迂闊さを悔やんだ。しかし、らすこは、この館長は分からないことは親切に教えてくれる人だと直感的に思った。らすこは一つ尋ねた。
「……えぇと、今の話は秘密ですか?」
リアルは首を横に振った。
「別に身近な人で魔法を信じてくれる人には話していいわよ。友達とかね。でもインターネット上などの不特定多数に見られるような所で日記を書くのは止めて欲しいけど。司書の中でも“The Chess”に関係ある人なら話していいわ。でも結局相手が信じるかどうかだから、そこを見極めて欲しいのよ。変に悪目立ちしないようにね」
らすこはさっそく真にこのことを話そうと思った。
「では十月から正社員の仮採用になります。宜しく、川端らすこさん」
リアルは立ち上がると、らすこに嫣然と微笑んだ。