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The Chess  作者: 今日のジャム
XⅤ-ii 赤いドレス
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XV-ii 赤いドレス (9月31日) 9. 黒騎士のタペストリー 3

 一階の書架の森の奥の目立たぬ所に大きなタペストリーがあった。その模様は、黒い甲冑を纏った騎士が女王や王城の魔術師や騎士などとそれぞれ戦っている絵柄だった。辺りには誰もいなかった。もともとこの辺りはあまり人がいない場所だった。タペストリーの掛かっている場所は、扉になっていた。らすこがそこに着いてそう経たぬうちに、館長が後ろから現れた。何となくらすこは、“空間を渡った”のではないか、と思った。魔術の発生する“音”は夢の中で覚えた。その音が聞こえたように感じたのだった。らすこの疑問をよそに館長はタペストリーを手で避けると、銀色の鍵を鍵穴に入れて回した。扉は開いた。


 リアルはドアを開けると、部屋の電気を点けた。部屋は狭く、備品室の名に相応しかった。手元にテーブルがあり、簡素な椅子が二脚置いてあった。テーブルの上には小箱が幾つか重ねて置いてあった。白い箱が一箱、赤い箱が一箱、薄い青色の箱が十箱整然とそれぞれの色ごとに並べられていた。館長はらすこに椅子を勧め、自分ももう一脚に座ると、一つらすこに赤い箱を開けて見せた。十五個の駒のクロスが並べられていた。


「この箱は、チェスの開催期間以外にクロスを保管しているものよ。あちら側のクロスは、教会の方で預かっているわ」


 館長は白い箱も開けて見せた。十六個揃っていた。館長は説明を加えた。


「アリスのクロスは、実体のないアリスが持つもので、私たちは管理していないの。キングのクロスの分身みたいなものよ。チェスが終われば、アリスのクロスは消えてしまうわ」


 そして残った薄い青色の箱の一番上の箱をらすこに見せた。十四個が並んでいた。


「これは観戦者用クロス。全部一箱十五個づつ収納されているんだけど、本当は百五十一個あるはずだから一個足りないの。まぁ、今度時機が来れば返して貰えるでしょう。この観戦者用クロスは、あちらでもきちんと百五十一個揃ってはいないから、……まぁ、そういうことよ」


 館長はうやむやにしたまま、箱を閉じて元に戻した。らすこはふっと壁に目を遣った。壁には背の低い棚があり、その中に辞書のような洋書と、大きな赤い本が置いてあった。らすこは「あの、失礼します」と断って、洋書を手に取り背表紙を見た。『King Arthur and His Knights of the Round Table』と書かれていた。


「この本は……」


 らすこは本を観察した。裏表紙を見ると下方に小さなシールが貼ってあった。そのシールには『つつじ女子大学図書館』と文字が印字され、その下にバーコードが印刷されてあった。中を見た。普通の本だった。館長はその様子を見て言った。


「その本は元に戻しても、このままでも、好きにしていいわよ」


 こだわりのない返答に、らすこはとりあえずそれを元の場所に置き、もう一つの大きな赤い本に手を触れて、館長に尋ねた。


「この本を見てみても良いですか?」


「ええ、どうぞ。それについても説明しなくちゃいけないのよ」


 らすこはこの赤い本に見覚えがあった。地下の書庫から探し出した西大陸の魔法本と同じもののように見えた。その本と同じように、最初は文字が読めなかったが、じっと見ているうちに、読めるようになった。何となく、最初に見つけた西大陸の魔法本と大きさは同じなのだが、それより軽い気がした。背表紙を見た。“The Chess”と書いていた。らすこは最初のページを見た。そこには、『鏡の国の者リアルが出版す』と書いていた。らすこは館長を見た。


「それは、私が昔鏡の国で帽子屋を手伝って出版したものなのよ。ああ、帽子屋って、リン・アーデンのことよ。あの鏡の館にいたあの人のこと。帽子屋は昔からの知り合い。まぁ、伝説通りの話よ。


 ちょっとここで帽子屋の話をすると、異界人同士の混血として生まれた帽子屋は、二人の親の二つの時間帯に寿命が影響されるのよ。母は西大陸生まれ、父は異界生まれだから、父親の時間帯を継げば西大陸では長生きができるのだけど、そうはいかなくて、そのままで行けば、短い方の寿命しか生きられなかったのよ。母方の西大陸の時間帯ね。だから、私が頼まれて魔術で異空間を作ったの。その場所の時間帯は早い方の時間帯と遅い方の時間帯を混ぜたような場所なの。そこで帽子屋が長い方の寿命まで生きられるようにね。聖杯城と呼ばれる魔法の城よ。でも外に出ると寿命が来てしまうから、この西大陸で出会った人たちと別れなければならなかったの。ちなみにこれは空間を作る魔術だから、時間魔法ではないの。


 なぜ聖杯城と呼ばれるかなんだけど、西大陸では異界と呼ばれる場所で作られた高いエネルギーを持ったアイテム『聖杯』を使って、それを動力として異空間を作っているから、そこからの呼び名。聖杯の話はまた私とは別の冒険の話だからここまでにしておくわね」


 らすこはリン・アーデンの伝説を思い出した。稀代の魔術師は鏡の国の者と出奔したという。そして異空間の城を作ったと。要はこの目の前の女性は伴侶だということだ。ということは、この異界の者も長い時を生きているということだった。リアルは強気に答えた。


「私は長く生きたけど二十五才よ」


「……はい、分かりました」


 らすこは何となく気おされて了承することにした。リアルは笑って話を続けた。


「私は外に出られない帽子屋の代わりに“The Chess”を手伝っているの。でも、異界の人たちと夢でつなぐのは私の趣味の方が大きいわ。


 この図書館を利用させて貰っているのは、初代の学園長と友達になったから。元々様々な時代に色々な世界や国で夏の間西大陸と夢の中で繋いでいたんだけど、たまたま多くの蔵書を持ちそれを労わる人を見つけてね。本が好きな人は、私の出身が鏡の国という出版をする国だったから親近感があってね。初代学長の秋藤淑は私の魔法の話もすぐに飲み込んでくれたのよ。だから私がこの図書館をすべて管理しながら細々と“The Chess”の貸し出しをしていたの。私からは、この蔵書の山を魔法で守ることをお礼としたの。……大丈夫かしら?」


 館長は一旦話を区切った。らすこは長い話の中で何となく分かったことは、この目の前にいる人は異世界の人で、長い間色々な世界で“The Chess”の夢を見せてきた人なのだ、ということだった。リアルはすっとテーブルに手をかざした。そこには二つの綺麗な白いカップが現れた。その中には黒いコーヒーが注がれていた。それを一つらすこに渡した。まるで手品みたいだった。らすこは再び“The Chess”の夢の中に戻ったかとふと思った。


「いきなり長い話で疲れたでしょう」


 リアルはコーヒーをすすりながららすこを見た。らすこも一口飲んだ。コーヒーの苦味はらすこを現実に引き戻した。

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