XV-ii 赤いドレス (9月31日) 6. 赤の城の宴と旅立ち 3
ちこは大図書館一階、東側エントランス横の更衣室で、自分のロッカーに銀色のスマートリングで鍵をかけた。これからボランティアで子ども向けの案内人になるために、冒険者のコスプレに着替えた所だった。
二階へ上がり歩いていると早夜芽に会った。早夜芽は保育学科二年で、ちこの一つ先輩だった。赤の城のオフ会で話すようになり、夏休み中は大図書館で挨拶を交わすこともあった。
ちこは早夜芽に挨拶をした。
「久しぶり! 夏休み以来ね」
「お久しぶりです、井富さん」
二人は目が合うと、どちらともなく相手の用事を確認しあった。
「今日はヒマ?」
「井富さんはボランティアの方はどうですか?」
「私は気楽にいつサボっても大丈夫だけど」
「私は今日は特に用事もないです」
二人は互いに眼を見交わすと、ちこは早夜芽に踏み込んで聞いてみた。
「もしかして読者を探してた?」
早夜芽は冷静な瞳で、ちこに尋ね返した。
「井富さんもではないですか?」
ちこは心の中で笑った。早夜芽も空気を読んで小さく笑みを浮かべた。
「同じってコトね」
「そのようですね」
互いに本心が同じなのを確認すると、ちこが言った。
「ここじゃなんだから、どっか座れるトコに行く?」
「それでは、二階の森の広場に行きませんか?」
「OK!」
ちこと早夜芽は二階五番街森の広場へ行った。
その部屋の床は茶色の絨毯で、ドアの横には脱いだ靴をしまう棚があった。部屋には木の切り株を模した椅子が散在していた。子どもなら、体育座りで乗れるくらいの大きさだった。部屋の壁際には観葉植物が置いてあり、森の雰囲気を醸し出していた。窓辺には蔦が絡まっていた。
ちこと早夜芽が森の広場に着いた時、部屋には誰もいなかった。ちこと早夜芽は真ん中辺りの椅子に座った。ちこは携帯端末をポケットから取り出して、紅雲楼の読者交流ページを開いてみた。今日で閲覧ができるのは最後だったが、今朝届いた“The Chess”の後日譚を書き込む人がちらほらいた。赤と白のキングの読者は相変わらず書き込みが無かった。
「王様は結局誰だか分からなかったわね」
ちこが呟いた。早夜芽が答えた。
「私は赤のオフ会の時、高校生の間では情報を発信する中心となる団体がないため、私たちよりは知られていないと言いましたが、考えが甘かったと後から思いました」
「というと?」
「高校生でも部活があるので、そこで“The Chess”の話がされていることが考えられます」
「ってことは、王様は高校生?」
「可能性がある、ということです」
「ふーん。なるほどね。それじゃ、読者の交流ページにも来ないわけね」
早夜芽は静かに頷いた。
「読者は自分のプレイヤーと似ているっていうけど、赤のキングの読者はどんな人だったと思う? 負けず嫌い? ルールを破っても平気な傍若無人? 燎みたいに夢は夢と割り切っている人かしら」
早夜芽は口元に笑みをこぼした。そして答えた。
「静かな人、ではないでしょうか。読者たちの動きを静かに見つめている人、という気がします。ゲーム全体を見つめる場所にいながら、自分では王とは言わない人」
「私は読者の中に知り合いがいたんだと思うわ。勘だけど」
「でも確認ができませんね」
早夜芽は冷たく言った。