XV-ii 赤いドレス (9月31日) 6. 赤の城の宴と旅立ち 2
「結局、王様は見付けられなかったですね」
大図書館三階、いつものカフェコーナーで、要は今日届いた“The Chess”の後日譚を小春と交換しあっていた。この場は要と小春しかいなかった。外は晴れていた。
要は紅雲楼の“王様を探す”という項目を名残惜しそうにオフにした。夏休みの期間中、他の駒のクロスを持つ者に会うことは無かった。
「どんな方だったのでしょうか、分かりませんでしたね」
小春はふうっと軽く溜息をついた。薄紅色の口紅が可愛らしかった。
要は窓の外に目を遣ると、二人の女学生が手を繋いで歩いている姿が目に入った。この大学に入って、要はたまに女性同士のカップルを目にすることがあった。要は手元に置いてあったインスタントのコーヒーを一口飲んだ。要は女性の魅力が分かる。しかしそれを口に出す機会はなく、自分の周りでも自分だけだ、と思っていた。なので、想う人がいても心に秘めていた。小春も窓の外を眺めた。要は気になっていたことを小春に尋ねてみた。
「同性で付き合うってどう思います?」
小春は要の意図を悟るとにっこりほほ笑んだ。
「私は小学生の頃から交際させて頂いたのは皆女性でしたよ」
小春の答えに要は一つ驚いた。自分には遠いこと、と思っていたことが間近にあった。要は小春の魅力が理解できた。できれば大学を過ぎても交流を長く続けたい、と思っていた。要は夏休みの始まる前、今は小春に付き合っている人がいないと聞いていた。要は珍しく感情で言葉を得た。
「付き合って頂けませんか」
小春は要の真剣で、少し俯いた表情を優しい笑顔で受け入れた。
「そんなに改まらなくても。私は要さんとなら、将来を約束できる相手だと思っていましたよ」
要はその言葉に頬が紅潮した。要は恋愛小説は読まず、恋愛経験には不慣れだった。小春はにこり、と笑った。要は冷静さを取り戻そうと、再びコーヒーを一口飲み、言った。
「美味しい赤ワインが飲めるお店が町中にあるんですが、今度一緒に行きませんか? 小春さん」
***
「結局、パクったクロスはどうなったの?」
「その話キツいよ」
「聞かせてよ」
蛍はバイト先の漫画喫茶で、高校生のささやき声の会話を耳にした。
「クロスは大図書館の方で見つかったんだって。私だっていうのはバレていて、始業式に校長先生に呼び出された。図書館の館長は警察に届ける予定だったけど、それは取りやめたんだって。私は停学を食らって、反省文を書かされた。大図書館には入館禁止だって」
「そりゃ、盗みは犯罪だからね」
クロスの盗難事件は幕を下ろしたようだった。蛍はほっとして、仕事に戻った。
***
「大図書館でも“夏休みの学園祭”が終わってしまったね」
朝日は隣を歩くほむらに言った。つつじ北駅から大図書館への連絡通路を歩いていた。これから二人は朝からのボランティアに一緒に行く所だった。八月の終わりが過ぎた頃は、まだ夏休みが終わっていないので、大図書館でもお祭り気分が残っていた。しかし夏休みが終わり、二週間も経つと学生たちは夏休み気分が抜けていた。
「気温も低くなってしまったしな。今年の夏は夢のようだったな」
「妹の夕日は来年こそは駒のクロスを借りたいと言ってたよ」
朝日には一つ下の妹がいて、夕日という。夕日はつつじ女子大学文学部英文学科の一年生だった。姉と同じく大図書館でボランティアをやっており、今年は観戦者用クロスを借りていた。ほむらとも大図書館で言葉を交わすことがあった。
「でもまさかウェイがジャスミンと付き合うとは思っていなかったな」
ほむらが今日送られてきた“The Chess”の後日譚の感想を呟いた。
「私もだよ。でも、ウェイが幸せならいいんじゃないかな」
朝日が複雑な気持ちで言った。
「真から“The Chess”の秘密は聞いたが、私はメルローズに会えるなら会ってみたかったな」
ほむらが言った。
「西大陸の魔法本を見せてもらえば、メルローズのその後の旅も分かるのだと言ってたな。朝日はどう? ウェイに会ってみたいだろうか?」
「そうだね……。でも私はできたらまた夢の中で会いたいかな」
「来年もまたクロスを借りよう」
ほむらは優しく言った。