XV アリスの入城 3. クイーン
プロミーはここは来たことがある、と思った。赤のルークアフェランドラの異空間魔術を破って辿り着いた所は、誰もいない王城の廊下だった。今いる場所は窓の景色から見ると城の最上階だった。窓から下を見下ろすと、中庭で二人の騎士が会話していて、その一人はエンドだった。エンドは白い馬を喚び、王城を後にした。プロミーは仲間とはぐれてしまった、と思った。がそれもいい、とも思った。それぞれには冒険がある。入城して自分を待っていた者の元へ導かれるのならそれが最も良い、と思った。
プロミーは首元のクロスを取り出して確かめた。透かし模様が左を向いた猫に変わっていた。クイーンに昇格したことを確認すると、頭の上を触った。何かが載っていた。それを取り外すと、それは王冠だった。真珠の飾りを付けたぎざぎざした王冠だった。プロミーは赤のポーンでクイーンに昇格したシーフのフローのことを思い出した。彼は天駆けの能力で韋駄天になったということだった。プロミーには同じことは起こらなそうだった。多分、ポーンは桃尻だが、クイーンになってペガサスに乗れるようになったのだろう。プロミーは王冠を鞄の中にしまった。
プロミーはゆっくりと歩き始めた。城の風景は見覚えがあり、記憶に添って廊下を歩いた。ここは来たことがある。スターチス王がデンファーレ王の元を訪れた記憶がプロミーの思考と重なった。スターチス王はデンファーレ王と王の間でチェスをした。プロミーは誰にも会わずに黙々と歩いた。
しばらく歩くと、王の間に辿り着いた。そこは白の王城と同じ造りだった。壁には古の王のいさおしの物語が語られた広い壁掛けが飾られ、古い魔法アイテムの槍や斧などが立て掛けられ客人を威圧した。
奥には王と女王の華麗な玉座が在り、そのもっと奥にはこの部屋の主人が眠る寝台が設えられていた。魔力の気配は無く、王城守護魔術師はここにはいないようだった。プロミーはゆったりとカーテンに囲まれた寝台に近付いた。そこには薄紫色の長い髪の王が眠っていた。寝台のそばの棚には王冠が載っており、その近くのテーブルにはチェスセットとチェスクロックが置いてあった。プロミーはカーテン越しにしばし王を見つめた。そして眠れる者に言った。
「デンファーレ、私は来た」
カーテンがさーっと自動的に開いた。眠れる者は切れ長の目を開き、起き上がった。赤の王デンファーレは少女に言った。
「ここまで来るとは、スターチス」
プロミーはデンファーレ王が立ち上がるのを待った。デンファーレ王は挑発した。
「それとも青年王か?」
プロミーは赤の王デンファーレを睨んだまま、言った。
「私はプロミーです。スターチス王の心を預かり、青年王の魂と旅をして来ました」
デンファーレ王はしばし無言で己の訪問者を見やった。部屋は静寂で、緊張感に包まれた。プロミーは言った。
「あなたは物事は勝てばそれでいい、と言った。私はそれを否定した。私の来訪であなたの前提は崩れた。どうですか、デンファーレ?」
赤の王デンファーレは無言の言葉を返した。しばらく待てば、援軍が来るかのように。プロミーは畳み掛けた。
「私はあなたに試合を挑みます」
デンファーレ王は次の言葉を待った。プロミーは言った。
「勝負はチェスです。この試合で勝った方がゲームの勝者です」
デンファーレ王は断れない挑戦を前に、言葉を飲み、絶望と戦闘意識が入り混じった瞳でプロミーを見つめ返した。
4.キング
白の王城でスターチス王が目覚めた。王は呟いた。
「メイトだ、デンファーレ」