XV アリスの入城 2. ルーク
少女は堅牢なる王城の中を駆けていた。辺りは人気が無く、城に住む者にも会うことが無かった。場所は窓の外の高さから見て高い階のようだった。王の間は近い、と少女は思った。
しばらく様子を見ながら駆けていると、立派な寝台のある部屋を見つけた。寝台は天蓋があり厚いカーテンで覆われていた。寝台の前には二脚の玉座が置かれていた。その作りの部屋を少女は白の王城で見たことがあった。王の間だった。その部屋には人はいなかった。寝台の中に人がいるかは分からなかった。
少女は注意深くその部屋に入った。部屋に入ると、寝台のカーテンが自動的にさーっと開かれた。少女は立ち止まって様子を眺めた。すると、寝台も玉座も一瞬のうちに消え、赤いローブを羽織った金髪を肩まで伸ばした女性が一人、少女の前に姿を現した。手には木の杖を持ち、その姿から魔術師の様だ、と少女は思った。
女性の白い顔は造りが良く、肌は蝋のように滑らかで冷たそうだった。女性が一つ床に杖を突くと、部屋は真っ白になった。壁も床も無くなり、女性と少女はまるで浮かんでいるかのような格好になった。少女は辺りの景色が変わっても動じなかった。逆に口元に笑みをこぼした。
女性は玲瓏な声で言った。
「アリスよ、汝の相手は私がしよう」
少女は無言だった。女性は続けた。
「私は赤のルーク、スクアローサ。アフェランドラの妹で魔術で長く王城を守護してきた。汝をデンファーレ王に会わせる訳にはいかない。ここで足止めさせて貰おうぞ」
女性、スクアローサは優しく憐れむように少女に言った。少女は初めて答えた。
「私と試合して下さい、スクアローサ」
スクアローサは綺麗に弧を描いた眉をひそめて訝しんだ。ルークの足止めをアリスが受けて立つとは思わなかった。スクアローサは疑問を持ち、少女に尋ねた。
「汝は何者か?」
スクアローサが問うた瞬間、辺りが白い空間からスターチスの咲く草原に変わった。風が吹き、美麗な魔術師の髪を揺らした。
「ここは……!?」
王城守護魔術師は杖を突き、元の自分が創った異空間に戻ろうとした。しかしその空間は少女が創った異空間で、簡単には戻れなかった。スクアローサは少女に問うた。
「汝は魔術師か」
少女は自分の首元に提げていたクロスを相手に見せた。塔の模様が描かれていた。少女は再びスクアローサに言った。
「私と試合をして下さい」
スクアローサはふふ、と笑った。
「汝はアリスではないのだな。ポーンの入城でルークに昇格して異空間魔術を使えるようになったとは。試合を断っても、この異空間で私を足止めするつもりなのだな。新しく魔術を覚えたばかりの者に私が負ける気はしない。いいだろう、試合を受けて立とう」
再び草原に風が吹いた。少女の姿は風が流れるように、職人の姿に変わった。職人、パズルは王城守護魔術師に言った。その頭には金の輪が載っていた。
「ありがとうございます、スクアローサ。魔術の使い方は白の王城で魔術師のクオさんに教わりました。僕にとっては他流試合になりますが、できるだけ長く、あなたをこの異空間に留めておくのが僕の役目です」
スクアローサは若い職人の心意気が心地良かった。魔術師は魅力的な笑顔でパズルに言った。
「これは楽しい試合になりそう」
「試合は僕の異空間魔術を破れるかどうかとします」
パズルは条件を提示した。スクアローサはにこりと微笑んだ。まるで子どもと遊ぶことを楽しむ大人のように。パズルは動じず相手が了解したことを確認し、続けた。
「では、宣誓します。
古の職人の名に賭けて我誓う
赤のルーク、スクアローサと戦うことを。
勝負は魔術もしくは魔法の攻め合い。
赤の者の勝利条件は我の異空間を破ること。
今日中に異空間魔術を破れなかったら我の勝ちとする」
スクアローサは答えた。
「我、尊敬する姉に賭けて誓う 白の者の挑戦に受けて立つことを」
風が流れた。その風にさらわれたように、パズルは姿を消して異空間に隠れた。