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The Chess  作者: 今日のジャム
XⅣ-ii 終局のチェス盤
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XⅣ-ii 終局のチェス盤 (8月30日) 1. 静かなる者

 八月三十日の午前、真はまかの家に遊びに来ていた。家のドアから出迎えたまかは、少し青ざめている感じがした。


「おはよう、まか。何か顔色が悪いみたいだけど、今日は大丈夫だった?」


 真は心配してまかに尋ねた。まかは曖昧に小さく笑んだ。


「大丈夫……。ちょっと疲れる夢を見て……。入って、真」


「無理なら言ってね」


 真は一言添えると、まかの家に入った。玄関では、茶色い猫ワッフルが客を出迎えた。ワッフルはまかの足元に着き従った。まかは真を庭のあずま屋に案内した。今日の庭は涼しかった。草を揺らす風は夏の熱は消え、かといって寒くはなく、夏の名残を思わせる心地良さだった。空は晴れていたが、もう秋空のようだった。まかは一旦家に戻ると、お手製の水出しコーヒーを真の元へ持ってきた。真はまかに尋ねた。


「猫の保護活動は順調だった?」


 まかは一つ溜息を吐いた。真は何かまかの機嫌を損ねたかと少し驚いた。まかはしかし不機嫌の色は一瞬で顔から去って、答えた。


「ええ。ボランティアさんと一緒に町の野良猫を保護して、飼い主探しをしてたの。ボランティア団体の規模も大きくなって色々な人と会って、この界隈で顔が広くなった」


 真はさっきの溜息はボランティア活動にストレスがあったのかと思った。そういえば、まかは愚痴を口にすることはない、と真は思った。


「今度猫を保護しているお店を見てみたいな。隣の市だよね?」


 真は軽く言った。まかは真をじっと見た。その黒い瞳は言葉の重さを測るように鋭かった。


「本当?」


 真は何だか居心地が悪くなった。真は言葉を濁した。


「でも時間がないよね」


 まかは視線を外した。真はコーヒーを一口飲んだ。そして空気を換えるように話を変えた。


「“The Chess”の話なんだけど、今日の更新は色々長かったよ。まかにも見せるね」


 真は手元に置いてあった携帯端末を手に取り、保存用カードに今朝届いた“The Chess”の物語の更新された分を保存して、まかに渡した。まかは真の保存用カードを受け取った。真は物語の内容をまかに伝えた。赤の城への攻防。ビショップのマーブルの活躍。白の城での攻防など。真の話は楽しそうに盛り上がっていた。長い話をまかは静かに聞いていた。


 真の話が一段落すると、まかは真に尋ねた。


「王様探しはどうなったの、真?」


 真はまかからの意外な質問に少し戸惑った。まかは“The Chess”にそんなに関わりが無いので気にしていないと思っていた。


「結局、白の読者の集まり以降動いていないよ」


「石塚さんとの約束は?」


「康さんは“The Chess 情報倉庫”というサイトさんと仲良くなったり、よろずやブンガクサークルという文系のサークルに行ったりしてるみたいだよ。王様探しはうやむやなままになったよ」


「真は人に期待をさせてなぁなぁで終わらせる所があると思う」


 まかは真を見つめた。まかからの研ぎ澄まされた言葉に真は動揺した。まかがキツい言葉を放つことは今までなかった。まかは静かにコーヒーを口にした。


「真は『この人はこういう人だ』と決めて話をするから、相手の言葉が届いてない」


「そうだった……?」


 真は意外な言葉を受けて、心当たりを探した。真は康に期待をさせていたとまかに指摘され、軽く扱ってしまったことを重たく思った。最初真が猫の保護活動の話から切り出した時溜息をついたのは、もしかしたらまかは何か言いたいことがあったのかも知れなかった。



 その後まかが放った空気は何事もなかったかのように戻り、真は定期演奏会の話をした。それから歓談が終わると、まかの家に入り三匹の猫と遊んだ。


 まかは真から借りていた保存用カードを返すということで、真はまかの部屋に足を踏み入れた。


 真は棚の上に飾られた小物に目が留まった。赤と白のチェスセットだった。ボードの上には赤のキングが、ルークと、ナイトと、一マスに二つ置かれたポーンに囲まれていた。そのそばには赤のルークの斜めにいる白のポーンがあり、白のキングのそばには赤のポーン一体と二体の白のポーンが向き合っていた。真はその乱雑な盤上を見て、それを俯瞰する部屋の主に尋ねた。


「……あれ、まかもチェスが出来たんだね。知らなかったよ。あれ、これって、“The Chess”の終局の配置じゃない――?」



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