XⅣ 僧侶と魔女 4. 星霜院の魔女 1
ルーマは城の中にいた。辺りには今の所誰もいなかった。ルーマは頭に髪飾りの金の輪が乗っていることを確かめた。クロスを確かめると飾り石の透かし模様に塔が刻まれていた。ルークに昇格した証だった。しかしルーマは魔力を使った魔法や魔術を行ったことは無かった。魔力を扱う術を持たぬ者が、“変化”や“空間使い”が使えるかは分からなかった。
ルーマはとりあえず歩いてみた。どの部屋も人のいない部屋だった。
ルーマの足元に白い光線が走った。挑戦者は立ち止まって前を見た。羽の扇を持った白い髪の少年がルーマの前に立っていた。光線は羽の先から出たようだった。
「ここは……通せません……」
少年は気弱そうに言った。しかし紅い眼はルーマをじっと見ていた。ルーマはにこりと微笑んだ。
「あなたは参謀のレンさんですね。アルビノの魔術師の後裔という。しかしあなたの武器はその光線を出す羽扇一つですよね。残念ながら、それでわたくしと勝負は出来ません。その武器ではこの甕も割れないでしょう。わたくしを通して下さいませんか」
レンは万事休す、と思った。その時、黒いローブの子ども魔女が飛んできた。
「間に合ったぜよ!」
子ども魔女は首元にクロスを掛けていた。ルーマは新たに現れた白の者に問うた。
「あなたはどちら様でしょう?」
子ども魔女はにこにこ笑いながら答えた。
「ワタはピアスン・ワトソンぜよ! ワタは白のポーンぜよ。クロスを掛けて試合を申し込むぜよ!」
ピアスン・ワトソンは銀のクロスをルーマに見せた。透かし模様はポーンのものだった。
「ワタは魔女ぜよ! ワタがその甕の中に入るぜよ。そして内側から甕の魔法を解いて甕を壊すぜよ!」
意外な挑戦者はルーマを引き留めた。王の間を前にして、ルーマは挑戦を受けるしかなかった。ルーマは甕を置いた。
「分かりました。試合を受けて立ちたいと思います。時間はそうですね……一時間くらいで宜しいでしょうか?」
子ども魔女はふわふわ浮かびながらにこにこ答えた。
「大丈夫ぜよ!」
「それでは宣誓をしましょう」
ルーマとピアスン・ワトソンはお互いクロスを前へ突き出した。ピアスン・ワトソンが宣誓をした。
「ワタ、ピアスン・ワトソンは古の大魔女様の名に賭けて誓うぜよ!
赤のポーン、ルーマ・ルイゼに試合を挑むことを。
勝負はワタがルーマの甕に入り、一時間以内に出てこられれば勝ちとするぜよ。
時間内に出てこられなければ負けとする」
ルーマが応えた。
「わたくしルーマ・ルイゼは運び屋ギルドの名に賭けて、白の者ピアスン・ワトソンさんの挑戦を受けて立ちます」
「それじゃあ、ワタを甕の中に入れて欲しいぜよ!」
ピアスン・ワトソンは元気よく運び屋に言った。ルーマは甕の蓋を開けた。
「どうぞ、ピアスン・ワトソンさん」
ピアスン・ワトソンは甕をのぞいた。
「いいぜよ!」
ルーマは短い呪文を唱えた。ピアスン・ワトソンはふっと姿が消えた。
そこは真っ白な場所だった。ピアスン・ワトソンは地面のない白い空間をぷかぷか浮かんでいた。
ピソスン・ワトソンはまず、甕の魔法の核になる場所が無いかを調べた。強い魔法がかかっている場所は魔法の気配が分かる。とがった耳を澄ませて無音の場所で気配を探った。しかし分かったことは、空間の“端っこ”に膜を張ったように魔法がかかっているだけで、甕の核となる場所は無さそうだった。
ピアスン・ワトソンは空間の端っこに行けるか動いて確かめた。すーっと滑るように一定方向へ飛んで行った。しかし空間の端っこの気配は分かるのだが、いつまで経ってもそこに辿り着くことは無かった。まるで良く伸びるゴムのような膜の中に閉じ込められたみたいだった。多分、この空間を覆う膜は無限に伸びるのだろう。その中で自分ができることを考えた。甕の中の空間を水のような形のない物で満たして、甕の空間と中に入っている物の空間の間に“隙間”ができれば、そこに魔法のバグが生まれるのではないか、と思った。
ピアスン・ワトソンは白い鞄から一つ丸いボールを取り出した。そのボールは黒色で、よく見ると中に青や土色のマーブル模様や赤などのガラス玉のような小さな球体が入っていた。それをポーンと上に投げた。その途端、辺りは黒くなった。遠くに光る点が散らばって見えた。それは星霜院の魔女の子どもが宇宙に慣れるための玩具だった。そのボールは仮想の宇宙が入っており、家の中でボールを投げると、一定時間その部屋が宇宙空間と同じ状態になる。この無限の甕に仮想の宇宙を拡散すれば、宇宙は限りなく延び、甕の空間と宇宙の空間が密着して拡がっていく、と考えた。ピアスン・ワトソンは宇宙の最果てを追いに、飛んで行った。
玩具ということで、最果てにはしばらく飛んでいると辿り着いた。そこは白い空間に黒い空間が覆い被さっていく所だった。ピアスン・ワトソンは白い空間に手を伸ばした。魔力は感じられるが、まだ魔力の膜ではなかった。宇宙が広がるスピードに、ピアスン・ワトソンも付いて行った。
三十分程した。宇宙の膨張が止まった。今度は宇宙は収縮し始めた。
ピアスン・ワトソンは黒い宇宙が後退した後の白い空間を観察した。所々小さく火花が散っていた。それは、無理をして空間を拡げたことで甕の空間がショートした結果だった。そこは魔法の歪みだった。
ピアスン・ワトソンは火花に向けて解除魔法を放った。白い空間にピシッとひび割れが出来た。『うまくいったぜよ!』と心の中で思い、ピアスン・ワトソンはどんどん火花に解除魔法を打っていった。ひび割れは広がっていき、白い壁に穴が開いた。ピアスン・ワトソンはその穴をくぐった。甕の外だった。
ピアスン・ワトソンは甕の持ち主を見た。
「甕から出たぜよ! ワタは物を壊すのが得意ぜよ!」
ルーマは驚いて目を丸くしてピアスン・ワトソンを見た。
「まぁ、大丈夫でしたか?」
甕を壊されて腹立てることなく、ルーマは白の者を心配した。
「故障した甕に人が入るのは危険なことですので……」
ピアスン・ワトソンはにかっと笑った。
「大丈夫ぜよ!」
そう言うと、甕の口に手を伸ばし、黒いボールを取り出して鞄にしまった。ルーマは首に提げた銀のクロスを外してピアスン・ワトソンに渡した。
「これをお渡ししましょう。わたくしは負けましたので。残念ですが、良い勝負をありがとうございます」
「やったーぜよー!」
ピアスン・ワトソンはクロスを貰ってはしゃいだ。一部始終を見ていたレンは胸を撫で下ろした。
「あなたは魔女ということで、魔法勝負が見てみたかったですね。オリーブさんと勝負をしたら、どちらが強かったのでしょう。クロスを失われていて本当に残念ですね」
ルーマは喜びはしゃぐピアスン・ワトソンを眺めながら言った。
「ワタはワトソン母様とエルフの娘だから、魔力は大きいぜよ!」
「まぁ、エルフですか。それはお強そうですね。それでは、わたくしはこれで失礼します」
ルーマはゆるりと礼をし、その場を去った。入れ替わるようにビショップのラルゴが来た。
「危機一髪でしたね。ピアスン・ワトソンさん、お疲れ様でした」
ピアスン・ワトソンはルーマのクロスをラルゴに渡した。ラルゴはレンに状況を報告した。
「今は赤の城のそばの草原でポーンの方たちが戦っている所です。私たちは王の間へ戻りますが、ピアスン・ワトソンさんもどうですか」
ピアスン・ワトソンはにかーと笑ったまま首を横に振った。
「ワタは行く所があるぜよ!」