XⅣ 僧侶と魔女 1. 闇の僧侶 2
「ここでいいでしょう」
マーブルは大鳩を止めた。森の上だった。ブラックベリも動きを止めた。二人は対峙した。最初に動いたのはマーブルだった。
「雷よ!」
マーブルは魔法を撃った。雷が空から黒い鳩目掛けて落ちた。黒い鳩は雷に当たる前にすっと姿を消した。そして少し距離を空けた所に現れた。すかさずマーブルは第二撃を放った。黒い鳩は同じように雷が当たる前にすっと消え、別の場所に現れた。それを二、三回繰り返すと、今度は黒い鳩がマーブルの視界に現れなくなった。
マーブルは後ろに気配を感じ、咄嗟に振り向いた。逆光に目が眩んだが、それより先に直感的に鳩を下げさせ体を伏せた。黒い鳩に乗ったブラックベリが氷の矢をマーブル目掛けて放っていた。間一髪氷の矢を逃れたマーブルは防御魔法を編み、己の盾とした。ブラックベリの氷の矢の第二波が襲ってきた。マーブルの魔法の盾はそれを受け止め、氷の矢は蒸発した。矢の攻撃は続き、マーブルは防御に集中した。
氷の矢を受ける中で、マーブルは少しづつブラックベリとの距離を縮めていった。そして相手の顔が見えるくらいに近付くと、魔法の盾の後ろに大きな鏡を現した。太陽の光が反射し、ブラックベリの視界を一時遮った。攻撃がふっと止まった。その隙に、マーブルは黒い鳩目掛けて雷を撃った。ブラックベリは避けようとしたが、鳩の片翼に雷が当たった。黒い鳩はふらついたまま姿を消した。
霧が立ち込めてきた。マーブルはどこから攻撃が来るか分からないまま、全方位に防御魔法を張った。マーブルの緊張感が高まった時、真上から氷の矢が降ってきた。マーブルはさっと真上に防御魔法の盾を厚くし、攻撃を受け止めた。次に後ろから矢が流れて来た。マーブルは後ろを振り向き、攻撃を食い止めた。霧は攻撃者を隠しながら上下前後と降り注いだ。マーブルは防御魔法を体全体に厚く囲った。その分魔力を使ったが、やむなしとした。そして霧の魔術を打ち消すための魔法を使った。
「術者を隠せし霧よ、太陽の元立ち去れ!」
霧は薄くなっていった。しかしそれにあらがうかのように再び濃くなっていった。マーブルは打ち消し魔法に強く魔力を流し、霧を取り去ろうとした。マーブルの打ち消し魔法とブラックベリの魔術が戦い合い、霧は小雨になり、辺りを灰色にした。
少しばかり景色が見えてきた所で、マーブルは遠い所で影のように飛翔する黒い鳩を見付けた。マーブルは黒い鳥に向けて雷を放った。白い光が一瞬辺りを覆い、鳥は落下した。マーブルは急いで鳩の落下地点へ向かった。
黒い大鳩は森の木の上に落ちていた。ブラックベリは怪我をした大鳩を癒していた。マーブルは地上に降りると、錫杖に体を預けて歩いた。慣れない戦いで魔力を使い過ぎていた。マーブルはその場に来ると、ブラックベリはマーブルに向き合った。ブラックベリは落下の時の傷跡はなく綺麗なままだった。マーブルは尋ねた。
「まだ戦いますか?」
ブラックベリは首を横に振った。そして首からクロスを外し、マーブルに渡した。
「白の駒のクロスはあなたの物と認めましょう。聖堂へお行きなさい」
マーブルはブラックベリのクロスを受け取ると、雨の中、青い大鳩に乗って聖堂へと戻った。
聖堂の聖壇には、女騎士と従者の少女が待っていた。マーブルは聖壇の前まで来ると、騎士に挨拶をした。
「あなたがメルローズ卿ですね」
騎士は頷いた。
「僧侶の戦いは地上で拝見させてもらった。白の駒のクロスはあなたたちが戦っている間は、従者のガーネットに見張らせて守っておいた。よく戦ってくれた、マーブル!」
ガーネットが銀のクロスをマーブルに渡した。
「はい、これはあなたが守ったクロスです」
その時、聖堂に軽やかな歌声がこだました。
「ナはナハシュ。
白い手の乙女がすまう薬売りの町。
ニはニスト。
流浪の民が築いた大きな聖堂を誇る町。
ヌはヌクエラ。
金の瞳の一族が、身を寄せ合った、魔術を嗜む僧侶の町。
ネはネムズ。
暗殺者が茶会する、午睡を誘う古い森。
ノはノラ。
“僧侶の道”が交差する、人・物集まる待ち合わせの町」
「ハはハイス。
賭博を楽しむ町人が、コーヒー片手に歓談する町。
ヒはヒメネス。
焼き菓子自慢の修道院と、西大陸で指折り数える大きな宗教都市」
「ジークッ!!」
メルローズは叫んだ。しかしその場の雰囲気に馴染まない軽やかな歌声とともに現れた灰色の青年は、細い首からクロスを外し、十字の錫杖に身を預ける青い髪の僧侶の目の上にそれをかざした。
青年は一礼すると、優しく冷淡に用向きを告げた。
「私は宣伝人稼業をしておりますジークと申します。試合をしていただけませんか? 白の闇のビショップ」
青い目は否を言えなかった。