XⅣ 僧侶と魔女 1. 闇の僧侶 1
マーブルは修道院と大聖堂の町ヒメネスに降り立った。聖堂の鳩が降りる場所には黒い大鳩の先客がいた。黒い大鳩とは西大陸でも珍しく、誰が乗り手かは有名であった。マーブルは大聖堂に入って行った。
聖堂はまるで立ち入り禁止になったかのように誰もおらず静かだった。奥へ進むと、祭壇に黒衣の僧侶が年かさの僧侶と話をしている所だった。年かさの僧侶はクロスをしまう箱を空け、相手の僧侶に銀のクロスを渡し、受け取った僧侶は白石の嵌め込まれた銀のクロスを懐に入れる所だった。
マーブルは響く声で黒衣の僧侶に問うた。
「あなたがブラックベリですね」
マーブルは自分のクロスを相手に示した。黒衣の僧侶はもう一人の僧侶に目で合図をし、聖具室へ引き取らせ、駒のクロスを箱に置いた。
「これは、マーブル」
ブラックベリは顔色を変えず、相手がどう出るか一時待った。マーブルは続けた。
「その駒のクロスはピアスン・ワトソンの物です。返して下さい」
「ええ、それは無理な話でしょう」
黒衣の僧侶は柔和な声音で拒絶した。マーブルは相手の威圧に圧されることなく言葉を続けた。
「私はチェスの間、クロスが隠された町を探し、それを取り返す日を待っていました」
「このクロスを追ってここまで来たと。それであなたはどうするつもりか?」
マーブルは黒衣の僧侶をしっかと見た。
「あなたに試合を挑みます」
ブラックベリは目を細め、それからふっと笑った。
「僧侶が試合とは前代未聞。もしかしたら大僧正への昇格も取り消されるかも知れないでしょう」
マーブルはきっぱりと言った。
「私は構いません。プレイヤーが困難に遭った時助けるのが私の役目です」
ブラックベリは金の瞳でマーブルの青い瞳の奥を探った。
「放っておいたら、あなたの昇格も上の方に打診して差し上げますが、いかがですか?」
マーブルは甘い言葉を断った。
「何ということですか。僧侶の身でありながら不正を誘うとは。私はスターチス王の元で働く者です。自分を信用できないことはしないです」
ブラックベリはふうっと息をついた。
「頑固な方ですね」
そう言うと、ブラックベリは十字の錫杖でシャンっと一つ床を叩いた。
「それでは私はデンファーレ王の元、試合を受けて立ちましょう」
マーブルは錫杖を手前に構えた。ブラックベリはクロスを箱の上に置くと、挑戦者に問うた。
「あなたが勝ったらこのクロスを引き取る。では負けた場合はどうすると?」
「それなら私の大僧正の昇格を賭けることにします」
「もう一度問いますが、もうゲーム自体が終盤で、クロスを受け取っても相手は戦う暇が無いかも知れないのですよ?」
「大丈夫です。ピアスン・ワトソンに不正を正したことが伝われば、私はそれでいいのです」
「私が魔術を嗜むことも承知ですね。それでは試合をしましょうか」
ブラックベリはクロスを箱にしまい、蓋を閉めた。マーブルはブラックベリが納得したのを見て、聖壇の前でブラックベリに向かって誓言を唱えた。
「古の我が主の名の元に誓います。赤のビショップ、ブラックベリに試合を挑むことを。
勝負は魔法と魔術で、力が尽きた方を負けとします。
私が勝ったら白のポーン、ピアスン・ワトソンのクロスを返して貰います。
私が負けたら私の大僧正へ昇格する権利を失うこととします」
ブラックベリは応えた。
「我、我の血に連なる者に賭けて誓う。白の者の挑戦を受けて立つことを」
マーブルはブラックベリに促した。
「ここは戦う場所ではありません。町の外れに移りましょう」
ブラックベリは肯い、クロスの入った箱を聖壇の引き出しにしまった。
マーブルは聖堂を出た。ブラックベリは影のように後ろに付いて行った。外に出ると、マーブルは青い大鳩に乗り、ブラックベリは黒い大鳩に乗った。二人の僧侶は町の外れへと飛び立った。