XⅢ-ii 余韻と休息 (8月29日) 3. 等身大と幻影
今日は大図書館が休館日で、よろずやブンガクサークルは休みだった。サークルの二年生、琥珀は久しぶりの休みを机に向かい、ラルゴやスターチス王などの“The Chess”に出てきた人のイラストを描いていた。明日のサークルで仲間達に見せようと思っていた。
明日は白の城に赤のポーンが攻めに来る日だった。ラルゴは戦わないが緊張しているだろう。かの僧侶はいつでも落ち着いていて、そのためスターチス王の信頼も厚いが、人に見せぬだけで、人並みに緊張もするし、恐れを抱くことを琥珀は知っていた。夢の中の主人公は琥珀と似ていた。
琥珀は海老名会長から内々で、次の会長は二年生と一年生を纏める力のある琥珀にしたいと告げられていた。これは三年生と四年生の総意だということだった。来年は海老名会長がサークルの会長を務めるが、その後は琥珀に任せたいと会長は言った。自分は海老名会長とは全然違う性格をしている。そんな自分で大丈夫だろうかと不安に思った。現在サークルのムードメーカーの海老名会長は、その明るさで場を和ませて円滑にサークルを運営する。同じことは琥珀にはできない。海老名会長が言うには、ひいやたまゆらなど個性のあるメンバーが場を和ませて、琥珀は上から落ち着いて司会をすれば良いという。海老名会長は琥珀は話を聞くのが上手いと言った。話の流れを掴んで誘導する琥珀のやり方でサークルを運営すればいいと励まされた。
琥珀は会長職を受け入れた。これは嫌とは言えないで請け負ってしまう癖だった。そうして、頼りになるという印象を周りに与えてしまう。ラルゴもそうだった。
ラルゴはいつでもにこやかに他人と接するが、それは慣れてしまったからだった。自分が等身大だと思う像より、他人が大きな像を自分に見ても、打ち消さないし、無理もしない。できないことは無理をしない。マーブルのことは、努力家なので今は自分が王付き僧侶だが、いつか抜かれると思っていた。それでいい、そうした方が、等身大の自分になれそうだとラルゴは思っていた。努力した人が上に登ればいい。
琥珀はラルゴに共感し、夏の間のひとときの“友達”の本音を楽しく聞いていた。時々この不思議な“友達”は自分の思考に顔を出した。康に初めて会った時なんかがそうだった。そんな時琥珀はこの“友達”と心を重ねて思うままにしていた。
マーブルの読者の康は真面目そうな人だった。社会科の教員免許の取得を目指していて、正義感も強かった。琥珀はいつも物語の更新があった日にサークルに顔を出す康の隣に座った。そして微かに打ち解けた。琥珀は夏の間のひとときの友達との縁を大切にした。
白のプレイヤーを全員描き、色塗りが完成した。意外と上手くいった。このイラストは、“The Chess情報倉庫”に献呈しよう、と琥珀は思った。