XⅢ 赤の城の攻防 4. 女王たちの歓談 1
白の女王エーデルは、白い愛馬のペガサスに乗り、赤の王城を空から睥睨した。城を守る者達が、城壁の上に集まり、弓矢を構えて見守っていた。蒼天の空の元、女王は高々と言った。
「私、白のクイーン、エーデルと戦いたい赤の者は私の前に現れよ!」
風が流れた。赤の城壁の上で緊張感が高まった。赤の王城から赤いペガサスが飛び立ち、エーデルの前に対峙した。
「私を呼び寄せたとは、賭けに出たな、エーデル!」
赤のクイーン、アキレスだった。エーデルはにこりと微笑んだ。
「そういうあなたも私を足止めしようと来たのでしょう」
「そうだな。私たちはお互い城を守る切り札だ」
エーデルが剣の柄に手を掛けた。
「私はあなたが赤の王の間で戦うことを妨げに来ました」
アキレスも同じく剣に手を触れた。
「同じく、私は白の城でエーデルが守りに着くことを避けたいと思って挑戦を受けた」
「お互い考えていることは同じでしょう」
「そうだな、では剣を交わそう!」
女王たちは互いに剣を抜き、打ち交わした。
「向こうの世界で盗難に遭ったクロスをブラックベリが隠してしまったことは、知っているのでしょう、アキレス?」
エーデルは剣を止め、アキレスに問うた。アキレスは短く答えた。
「ああ、私の元にもその情報は伝わっている」
「なぜ咎めないのです?」
エーデルは気になっていた。その話は西大陸でも噂話として広がっており、結果、赤の国の不人気に繋がっていた。一定の者は胡散臭いことをすることを許さず、酒場でももめるネタであった。失われたクロスの話は、新聞にも小さい記事で載り、どこに隠されているかを当てるのも西大陸で細々と流行っていた。まるで謎解きのように楽しまれてさえいた。このことを知っていながら、硬骨の女王は黙っていたということである。アキレスは低い声で答えた。
「ブラックベリの行為を許すのは王のお考えだ。赤の国の人気が落ちれば、それだけ赤の国の勝利に賭ける人が少なくなり、配当率が上がる。王は赤と白の勝ち負けも賭けており、赤が勝てばそれだけ多くの配当金が貰える、とのお考えのようだ。それは大元であるブラックベリにも金が流れる。昔から王付き僧侶ブラックベリは王の隠れた財布であった」
「同じビショップのアルペジオは止めないのですか?」
「アルペジオは深く知っていても不干渉の性分だ」
「ピコット・ミルがロッドとメルローズとの試合中、地の矢で地震を起こしてロッドの馬を止めたのも、赤の城では責める者がいなかったのですか?」
この件も、西大陸中でブーイングが上がっていた。魔法本で記された不正は、まだチェスのルールの定まっていなかった古ならいざ知らず、最近の試合では類を見ないものであった。これもアキレスの話では、国の不人気は賭け金の配当率が上がって良しとする、ということなのだろうか。
「ポーンの中にはこれを良しとしない考えの者もいた。シーフのフローなどである。他のポーンたちは自分とは関係ないと割り切っているようだ。
あの時、もしプロミーがメルローズに試合を挑んでいたら、今度はピコットが自分の得意な弓矢でプロミーに試合を挑んでいたであろう。そこでプロミーのクロスを得ていれば、今、戦況は違ったであろうな。赤の王城ではそうする流れも考えていた。それを止めたのはルークの二人だった。私もだが。ルークは王の重臣だ。不正で戦果を得る戦いは好まなかった。赤の国に悪い噂が流れても気にしない豪胆さがあり、王を主君と仰いでいるが、赤の国が自ら名誉を地に落とす選択はしない強さがあった」
「そうですか。あなたは赤の王デンファーレのやり方をどう思っているのか聞いてもいいですか、アキレス?」
エーデルは剣をしまった。アキレスは語った。
「私は苦く思っている。しかし人の噂のように王がブラックベリと深い仲というのは違う。それは私が分かっているし、王に近しい者なら皆分かっている。
私の想いはエーデルのスターチス王への想いと同じだ。私はこの眠れる王に体の負担がかかるゲームで、王と共に戦えればいいと思っている。汚名は受け付けるが、私から勝ちを譲る気はない」
「その言や良し、ですね」
王城の北西の草原ではポーン達が二手に分かれて戦っていた。エーデルとアキレスは戦いを続けた。
エーデルの元に伝書鳩が飛んできた。伝書鳩は肩に止まり用件を伝えた。アキレスも同じく伝書鳩を受けていた。アキレスは剛毅に言った。
「今、私が守りが手薄な白の城へ攻めに行けば、ルークのブラッカリヒトと戦うわけか。私はルークの異空間魔術は破ることができない。
もしくは私が赤の城に戻ったら、王の間を守れるな。しかしルークのアフェランドラが足止めを受けていて、そこをエーデルが王城へ入るから、私は結局エーデルと戦わなければならない。が、ポーンを止めることができるかどうかは相手がエーデルなので微妙だな。今戦っていないピコットとジャスミンが王の間を守るしかないか。二人はスクアローサの魔術で城に喚ぶ方法しかないな。しかしピコットは屋内で戦う術はない。ジャスミンは難しい所だ。もしくは好戦的なピコットがエーデルの相手をするか……」
エーデルも状況を語った。
「そうでしょう。あなたは私一人を相手にすることで精一杯でしょう? ピコットは相手の魔法に対して無防備な弓使いです。私が動きを止める魔法を放てば、それで勝負は決するでしょう。オリーブならお手合わせが楽しそうですね。お互いどこまで魔力を使えるか。
同じく、私が白の城を守ったら、アキレスは赤の城で王の間を守るでしょう。すると白の攻め手達はアキレスと戦わなければならなくなりチェックは難しいでしょう。逆に私が赤の城に入って攻めたら、アキレスと戦って今と同じ状態になるのでしょうね」
「互いに膠着状態というわけだな」
アキレスは剣をしまった。
「そろそろ昼だ。ペガサスを休ませて草を食べさせたい」
「そうですね。地上に降りましょうか」
女王二人は兜を脱ぎ、ペガサスを降下させ地上に降りた。