XⅢ 赤の城の攻防 2. 闇の迷宮
真っ黒である。
リアはランタンに火を灯した。光は暗い迷宮の細い道をぼんやりと照らし出した。明かりの持ち手は、まだ残る闇の中に自分を見つめる迷宮の主の視線を感じた。リアは続けて小声で呪文を呟き、ランタンの火を調節した。すると光は先程よりも強くなり、明かりの中で、迷宮の全体像が浮かび上がった。
「ここは、どこですか?」
プロミーがリアに尋ねた。リアは凛とした声で答えた。
「赤のルークが創った異空間の迷宮の中です」
道は暗い空間に浮かび上がり、人一人が通れる幅で、両端は壁が無く底の見えない黒い空間が広がっていた。
「この先に、赤のルークがいるのですね!」
パズルは元気良く問うた。新しい冒険に心が弾んでいるようだった。武者震いかも知れない、とリアは思った。リアは答えた。
「はい、そこに辿り着くまでこの暗い道を少し歩かなければなりません。道から外れて落ちたら元の草原に戻りますので、気を付けて下さい、パズルさん」
言葉に注意を促す重たさがあった。パズルは「分かりました」と答えた。その答えには、不注意を疑われ咎められたと感じて口をとがらせたような響きがあった。
細い道をランタンを持つリアが先頭に立ち、プロミーがその次に、パズルは三番目で最後尾をエンドが歩くことにした。パズルは楽器を奏でながら歩いていた。その音楽は無音だった。
リアはゆっくりと慎重に先を進んだ。道は一本道で闇の中へと続いていた。
歩いていると、行き止まりに突き当たった。行き先を妨げる壁は斜めで階段状になっていた。丁度そこは階段の裏側にいるようだった。本来の階段の一段目に当たる所へは道は続いていなかった。
「どういう風に進むんですか、リアさん?」
パズルが楽器の手を止めずに先導者に尋ねた。リアはにこりと笑った。
「ここは異空間です。異空間の迷宮では天地が逆さまになって天井が床になることもあるんです。この“階段”は下り階段です。僕の後に続いて下さい」
リアは階段の二段目の壁になっている場所を片足で蹴り飛ばした。その勢いでくるっと回転し三段目の天井になっている面に着地した。リアの足は天井にくっ付いていて、逆さまに立っていた。それを見ていたプロミー、エンド、パズルは突拍子もない光景に唖然とした。
「本当にそんなことができるのか……」
「じゃ、僕もやってみます!」
パズルが一旦楽器を奏でる手を止め、リアの真似をした。勢いよく壁を蹴り、天井に着地した。
「エンド、プロミーさん、大丈夫ですよ!」
パズルが天井から手を振った。
「では、私が行きます……」
プロミーが逆向きの階段に挑戦した。意外と簡単に天井になっていた階段に着地した。最後にエンドも魔槍を杖のようにして壁を突き、天井に足を付けた。リアは全員が無事階段に乗ると、その階段を下っていった。パズルは再び無音の音楽を奏で始めた。
下り階段は長かった。地の底まで続くかのようだった。
「長いですね……」
パズルが辺りを見回しながら呟いた。底へ行けば行く程漆黒は濃くなった。
「そろそろ外ではお昼の時間ですよね……」
「気を付けて下さい、パズルさん」
リアのその言葉を待たぬうちに、パズルが足を踏み外した。パズルは体がぐらりと揺れ、階段の外に落ちた。
「パズルさん!」
プロミーが立ち止まって叫んだ。リアは一瞬で姿を消し、宙に浮かび階段の外に放り出されたパズルを抱え、階段に戻した。
「ふー。ありがとうございます、リアさん」
パズルは詫びるようにリアに礼を言った。
「下に降りたら、一旦休憩しましょう」
リアは再び歩き始めた。
階段を下りると、道が広くなっていた。休憩を挟み、再び先へ歩くと、前方に人の気配があった。先頭に立つリアは凛とした声で告げた。
「僕はこの異空間の主ルークと戦います。パズルさんはプロミーさんとエンドを連れてこの異空間を抜けて下さい」
パズルは肯った。
「はい! 音楽はもうすぐ完成ですよ!」
少し歩くとその先に黒いローブを被った金の髪が背まで波打つ女性が立っていた。
迷宮の主は重々しく問うた。闇の中に微かに威圧感が流れた。
「我の名はアフェランドラ。赤の王城を守護する魔術師。汝らは我の挑戦者か?」
リアは相手に圧されることなく朗々と答えた。
「初めまして、アフェランドラ。僕はあなたと戦いに来ました。王城守護魔術師と戦うのは初めてではありません。何度かデンファーレ王の国ともプレイヤーとして戦っています」
「ほう。珍しい客人だ。して、そちらの少女がアリスか?」
プロミーは剣を構え、相手の動きを視線で牽制しながら答えた。
「私はプロミーです。赤の王と勝負しに来ました」
異空間の主は大きく頷き、エンドを見た。
「大マイクロフトの魔槍を持つ者、汝は赤のポーン騎士バスクと約束をした者か?」
エンドはきっぱりと言った。
「そうだ。私はここで入城して、バスクと戦う」
最後に迷宮の主はパズルを見た。
「して、楽器を構えている者は、我の異空間魔術を破ろうとする者か?」
「はい。僕は魔法アイテム職人です。あなたの異空間魔術を解除するためにここまで来ました――今です! プロミーさん!」
異空間魔術の解除の音楽を奏で終ったパズルがプロミーに叫んだ。プロミーは「はい!」と答えると、魔剣の呪文を短く唱えた。辺りの黒い空間は白一色になった。眩しい光に迷宮の主は一瞬眼を閉じた。光が止み、再び目を開けると、異空間の客人は一人だけになっていた。
迷宮の主は不意を突かれたことを気にすることなく、残ったリアに向けて尋ねた。
「我が創りし闇の迷宮に光を照らせし者、汝の名は?」
「僕の名前はリア・クレメンスです。このランタンは、ルーク戦のために小マイクロフトが製作し、一緒にその戦いに参加していた僕に、そのゲームが終わってから、これからも使うだろうと彼から頂いたものです。僕は、ある大事な友人と、プロミーを王の間まで送る世話をする約束をしました。僕の職業は召喚士です、赤のルーク、アフェランドラ。その技であなたに試合を挑みます」
そう言うとリアは、樫の杖を真黒き地に打ちつけた。魔法陣の淡い緑の光が、両者の間の虚空の闇にさぁっ浮かんだ。異空間の主は、目を細めて問うた。
「汝は異界の者か……?」
リアは答えた。
「僕はクロスを持つ司書です」