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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅻ 聖杯城
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Ⅻ 聖杯城 2. 魔術師の約束

「この約束は大変でしたよ、リン」


 リアが困ったように肩をすくめて白髪の青年を見つめた。


「お師匠なら昔から私を探すのが得意でしたから、きっと大丈夫だと思っていましたよ」


 落ちついた紅い眼で魔術師、リン・アーデンが答えた。


「――リン、なのですか……?」


 プロミーが驚き、一歩前へ出た。その表情は凛々しい騎士の少年の様だった。


「ご無沙汰しておりました。アーサ様」


 白髪の魔術師は深く頭を下げた。


「会いたかった……」


 少女は魔術師の元へ駆け寄り抱きしめた。


 ラベルが一言尋ねた。


「一つお伺いしますが、プロミーさんの体を借りているあなたは青年王なのですか?」


 少女は大きく頷いた。


「私は青年王アーサ。星の外から二千年の間私の子孫の国を見守り、今は地上に降りてプロミーさんの体を借りて故国に帰郷しています。


 私はプロミーさんに隠れて彼女の旅を見守っていました。魔剣の扱いも私の記憶を共有していました。彼女には混乱させてしまったようですが……。


 私の血を引く王家には伝承があります。王が夢使いでアリスを現した時、古の青年王が姿を現すと。この異界の司書はその伝承を知り、チェスの間アリスが現れる国にプレイヤーとして参加し、私が現れるのを待っていたということです。


 まさかこういう形でリンが約束を守り、会えるとは思っていませんでした」


「積もる話は城の中でゆっくり話しましょう、アーサ様。どうぞ、聖杯城へ」


 城の主は客人たちを自分の城に案内した。



 城の中はひやりとしていて涼しかった。魔力を持たぬラベルでも、高度な魔術が働いていることが感じられた。


 暖炉とその上に大きな鏡のある部屋に客人たちは通された。奥にはテーブルと二脚の椅子があり、テーブルの上にはチェスボードが置いてあった。城主は客人を通した広間に座り心地良さそうな椅子を向い合せに四脚現し、その真ん中にテーブルを据えた。暖炉に青い火が入った。部屋が明るくなった。リン・アーデンは客人達に席を勧めた。


 客人たちが席に着くと、テーブルに飲み物が現れた。透き通った黄金色が垣間見える飲みやすい温度のお茶だった。ラベルはお茶を飲み、喉を潤わせた。旅の疲労が不思議と癒されるようだった。


 青年王が始めに口を開いた。


「リンは二千年間この異空間の城にいたのですか?」


 魔術師は穏やかに答えた。


「はい、アーサ様。夢の中でチェスの攻防を見たり、魔法本で西大陸で起こった事々を読んだりしておりました。湖畔に座りひねもす魚釣りに明け暮れたり、魔術で出来た無限の森で昼寝をしたりと。時々この魔術の城に魔力を持った不思議な生き物を客人に招くこともありました。小さなあざらしが湖畔に流れてきたり、森の中で大きなにんじんが歩いていたり。彼らはこの世界の者ではなく、たぶん別の異世界から旅をしてこの曖昧な空間に辿り着いたのでしょう」


「なぜ突然の別れが必要だったのですか?」


 青年王は心の中でずっと気になっていたことを質問した。責める心も微かに含まれていた。魔術師は優しく答えた。


「申し訳ありません、アーサ様。私は“時間に嫌われし者”です。永い命で永遠にアーサ様の国を守ることが本望でしたが、異界の者の混血である私にはこの世界にいる時間が無かったのです。私は特殊な時間が流れるこの魔術の城でしか生きられず、この空間が安定するまで誰も呼べなかったのです」


「“必ずまた会えますよ”と約束しましたよね。私はリンが約束を破ったのかと不思議に思っていました。何か私が悪いことをしたのかと悩みました。その後私の国が瓦解してしまった時は、リンがいてくれたらと強く思いました。……しかしリンは約束を守ったのですね。ありがとう」


 青年王は微笑んだ。高貴な者が表す表情だった。溜め込んでいた感情を伝え、青年王は一口お茶を飲んだ。


「お茶が美味しいですね」


「このお茶は、東大陸の弱発酵茶です」


「今でも飲んでいるんですね」


 リアが城主に一言言った。懐かしい味を覚えている、という風に。ラベルが尋ねた。


「先ほどはリアさんは『お師匠』と呼ばれていましたよね。もしかしてと思いお尋ねしますが、アルビノの魔術師の伝説の中では有名な魔術の師匠とはリアさんのことだったのですか?」


 リアは肩をすくめた。


「それは子どもの頃のリンに魔術の基礎を教えたから、リンから時々あだ名のように呼ばれるんです。


 僕が森で初めて少年のリンに会った時、木の上で眠るその場所がまぶしくないよう辺り一面に影の魔法を使っていたのです。その魔法は有り余る魔力を使って力技で施した魔法だったので、僕が効率よく閉じられた空間で木陰を創れるよう異空間魔術を教えたんです。あと、リンは眩しいのが苦手だったので、解決策として変化の魔術を教えました。


 その後も、リンは魔術を教わる場所を得ていなかったので、僕がエルシウェルドに逗留している間、魔力の使い方を教えました」


 魔術師リン・アーデンに異空間魔術を教えたのはリアだった。そしてこの世界にその技が伝わったということだった。


「お茶をご馳走様です、リン。僕はリンの子孫というアルビノの少年のレンさんに会いましたが、どういうことですか?」


 リアは長年の疑問を口にした。異界の者同士で得た子どもであるこの魔術師が、新たに子を授かるとは考えづらかった。リン・アーデンは説明した。


「彼は私の後裔です。人の設計図が楽譜だとすると、私と全く同じ楽譜を持っているのです。しかし同じ楽譜でも指揮者や楽団が違うと違った演奏になるでしょう。私の後裔も個性があるのです。


 私はこの世界を去る前に後裔をもうけました。男女の仲で得た子どもではないのです。異界の者同士の結婚で生まれた私は特殊体質なのでしょう。


 私は赤ん坊だった後裔を知り合いの僧侶に託しました。私の後裔も時間に嫌われし者なので、寿命が不安定だったのですが、私と同じ強い魔力を持っていたので、その魔力と引き換えに安定した寿命を得ていたようです。レンさんが今では魔力が無いのはそのためです。長く血が続くうちに、この世界での一般的な寿命を全うするようになったようです。


 私の後裔は年頃になると一人で新たな後裔をもうけます。レンさんはそのようにして続いてきた血筋です」


「突飛な所がリンらしいですね」


 リアは笑った。微かに安堵が含まれていた。


「それでは貸し出していた本はどこですか?」


「……お師匠、その魔法本なのですが、ここにはないのですよ」


 城の主は目元に苦笑を浮かべてリアに言った。


「だから、貸し出し本の又貸しをされては困るんですよ……」


 司書は肩をすくめてそう言うと、暖炉の大鏡の方に振り向いた。

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