Ⅻ 聖杯城 1. 貸出期限二千年の魔法本
霧深き幻の湖を、舟は滑るように進む。
かの舟に漕ぎ手はいない。ただ案内人と二人の客人を乗せ、湖岸に浮かぶおぼろな古城へ向かうのみ。
客人は案内人に問うた。
「あなたは誰ですか?」
リアはいつもの肩に乗せている青い鳥がいなかった。プロミーとラベルの前に姿を現した時も、鹿ココアは一緒ではなかった。ふっと現れたこの案内人は、多くの時を重ねてきた者が持つ深い瞳の色をしていた。
リアはプロミーの問いに答えた。
「僕の仕事はこの世界の本を複製して収集して、塔の町に収める司書です。塔の町とはこの世界を含めて異界の全ての本を収集して、誰でも本を借りられる巨きな図書館です。
塔の町では本を借りることができるのですが、異界の最も遠い所にある為、借りた人が返しに行けないことが往々にしてあります。その時、僕が本を借りた人の元へ行って返して貰ったり、貸出延長の手続きを行ったりします。これから向かう所も、本の貸し出しをしていて、丁度貸出期限を迎えるので僕が手続きをしに行く所です。貸出期限は一律二千年です」
塔の町の司書はにっこりと笑った。舟は霧の湖の上を静かに渡っていった。ラベルは尋ねた。
「その本の貸し出しをしているのが、リアさんの探していた友達なのですか?」
リアはこくりと頷いた。
「はい。別れる前に塔の町から魔法本を渡したのですが、行方不明になってしまって、二千年間ずっと探していました。困った人です」
ラベルは重ねて尋ねた。
「あなたは異界の人なのですか?」
リアは肯定した。
「僕はここから遠い異界の国から来ました。司書の初仕事の町エルシウェルドが友人との出会いになったので、仕事場のこの世界を知るために、一緒に旅をしていました。そろそろ着きますね」
ラベルは前方を見た。霧の中からぼんやりと白い古城が見えてきた。プロミーは静かに前方をじっと見つめていた。
湖岸に近付くと、白いローブを羽織った青年が一人釣りをしていた。舟は湖岸に静かに着岸した。リアがそっと岸に上がり、プロミーとラベルが後に続いた。
「やぁ! お師匠!」
白い髪の釣り人は、片手を上げて先導者に気さくに挨拶した。