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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅺ-ii 定期演奏会
207/259

Ⅺ-ii 定期演奏会 (8月27日、8月28日) 2. 昼の部 1

1.紙芝居『傾城西遊記』2


『孫悟空はふと止まると、白馬に乗る三蔵法師に言いました。

「お師匠様はもともと釈迦如来の二の弟子、金蟬子の生まれ変わりなのですよ」』


 紙芝居を見ていた男の子が口を挟んだ。

「終わりの今頃になって後出しするなんてずるいよ!」

 真は後ろを振り返って自分の後ろに並ぶ長蛇の列を眺めた。列はエントランスホールの入り口から連なり、開場前からすでにぎゅうぎゅうだった。行列では子ども連れが多く、小学生くらいの子どもたちが家族で定期演奏会を聴きに来ていた。また小学校低学年同士の一団もちらほらいた。他にも市内の中学生・高校生の制服を着たおそらく吹奏楽部員たちが、グループでわいわいお喋りをしていた。


 辺りは隙間なく人が集まり空気は暑かった。真は先頭から十人くらいの位置にいた。真の前では、最前列にいるつつじ女子高校吹奏楽部の保護者の一団が自分たちで持参した小さなキャンプ用の折り畳み式椅子に座って扇で顔を扇ぎ、その横には吹奏楽ファンの耳の肥えたお年寄りが新聞を広げ開場までの時間を潰していた。行列のそばにある椅子では、行列に並ぶ体力のない老婦人が額の汗をこぎれいなハンカチで拭きながら座っていた。


 八月二十七日、大図書館四番街九階コンサートホール前のエントランスホールで、真は妹の生穂が出演するつつじ女子大付属高校吹奏楽部 定期演奏会 昼の部を聴きに来ていた。


 真は毎年妹の出演する定期演奏会に足を運んでいた。真は音楽には詳しくないが、生穂が中学校から吹奏楽部を続けており、それ以来その学校の定期演奏会を聴きに行っていた。去年もこのつつじ女子大付属高校の定期演奏会に、昼の部と夜の部の両日訪れていた。母親と一緒に来ることもあれば、一人の時もあった。今年は母とは時間が合わず別々に行くことになり、一人で演奏会を聴きに来ていた。


 真は正午前に家を出発し、大図書館一階の海の見える洒落たレストランで昼食を食べた後、開場の一時間前の十二時三十分に到着したが、すでにコンサートホールの扉の前には人が並んでいた。


 真は行列の中で待つ間、携帯端末で自分の好きなサイトを読んでいた。開場十分前になり、ガラス扉の向こう側では、もぎり役を手伝いに来た私服の女子高生が所定の場所に立ち、プログラムの冊子の束がその横に置かれた。


 十三時三十分。館内には開場を知らせる美しいチャイムが鳴り響いた。それと同時にドアが開き、人が会場に流れ込んだ。真はゆっくりと人に流されながらチケットをもぎり係に渡して改札し、プログラムを受け取った。プログラムは表紙が青かった。このホールは九階部分がホワイエになっており、音楽ホールは十階と十一階であった。ちなみに楽屋は十二階だった。


 人込みで溢れかえる中、真は十階に上り、ホールの厚い薄紫色のドアを開いた。客席では、良い席を取ろうと狭い通路の中、皆がうろうろと足早に動いていた。真は足を速め、真ん中よりやや前側の席に座った。毎年その辺りがパーカッションが一番見えやすい位置だった。

 

 スポットライトが照らされたステージはまだ人がおらず、譜面台と椅子だけが並んでいた。譜面台には黒いカバーが掛けられており、客席側に向けて白い文字で『Welcome to our concert』と印字されていた。


 真は席に落ち着くと、入り口で配られたプログラムを開いてみた。中にはたくさんのチラシが挟まっており、それらは他の学校の吹奏楽部やオーケストラなどの音楽団体のお知らせだった。その中に黒いクリップペンシルとこの定期演奏会のアンケートも混じっていた。それらを全て鞄の中にしまい、プログラムを一ページ目から眺めた。表紙を開けた一ページ目は学校長の挨拶で、その次の二ページ目と三ページ目にはこの公演の曲目が紹介されていた。


第1部


♪ チャイコフスキー 作曲

バレエ音楽「くるみ割り人形」より行進曲


♪ エトムント・アンゲラー 作曲

おもちゃの交響曲 第1楽章


休憩[15分]


余興


♪ ジャイルズ・ファーナビー 作曲

空想・おもちゃ・夢


1.The Old Spagnoletta / 古いセパニョレッタ

4.A Toye / おもちゃ

(金管5重奏)


♪ レオン・イエッセル 作曲

おもちゃの兵隊のマーチ

(サックス4重奏)


第2部

ステージドリル(2年生と3年生)


♪ ベルリオーズ 作曲

ラコッツィ行進曲


♪ プッチーニ 作曲

歌劇「トゥーランドット」より 誰も寝てはならぬ


ビンゴ大会 (休憩含む)[30分]



第3部


♪ 恩田 せつ 作曲

マーチ 風力0


♪ ロッシーニ 作曲

ウィリアム・テル序曲


 真がプログラムを眺めていた時、左側の通路で友人と一緒の康が通るのが見えた。康は高校時代の吹奏楽部の友人と毎年この定期演奏会に来ているそうだった。


 真はページをめくった。次のページには、夜の部のプログラムが小さな文字で載ってあった。六ページ目以降はパート紹介だった。パーカッションのページを開いてみた。学校の中庭の木の下で七人が二列になって並んでいた。生穂は明るい笑顔でVサインをしていた。


 次のページをめくると、大小様々な広告が数ページにわたって載っていた。それらをぱらぱらとめくり、最後に楽器屋の一ページ分の広告が終わると、部長からの挨拶が記載されていた。


 そして最後のページには、ビンゴカードと白い厚紙のサンクスカードが挟まっていた。サンクスカードには、顧問の言葉が載っていた。珍しいものだった。このサンクスカードは部員がメッセージを書くものだが、数は少ないが顧問が書いた物もあるということは、去年生穂から聞いたことがあった。


 それにはこう書かれていた。


『この度は足をお運び頂き誠にありがとうございました。部員たちが作り上げた夏のひと時の時間を楽しんで頂ければ幸いです。つつじ女子大付属高校 吹奏楽部顧問 恩田せつ』


 真はプログラムを閉じると、辺りを見回してみた。すでに両方の席は埋まっていた。後ろの方でも一階席二階席とも満杯になっており、がやがやと人混みのささやき声がホールを満たしていた。あと少しの間、真は正面ステージを眺めながら過ごした。


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