Ⅺ 女王の昔話 7. 王さまと半獣の血を引く王女 5
その後、エーデルはスターチス王に王城へ迎え入れられた。そこでは最初に王の間で王城守護魔術師のブリックリヒトとブラッカリヒトを紹介された。双子の城守りは、エーデルの魔力の高さを察知し、エーデルを歓迎した。
「戦いの女神が宿った少女だよね?」
「その頃の馬上試合の戦いを見たことあるよ」
ルークたちは飄々とした態度で挨拶した。
「昔のことですよ」
エーデルは謙遜した。
「今もその力は健在だよね」
そこへ琥珀色の眼をした僧侶の少年が肩に光の伝書鳩を乗せて王の元に行った。
「スターチス王様、伝書鳩が届いております」
「ありがとう、ラルゴ」
スターチス王は伝書鳩を受け取り鳥の持ってきた情報を確認すると、鳩をラルゴに返した。
「この少年もご紹介しましょう。王付き僧侶のラルゴです。いずれ私の側近になるでしょう」
ラルゴは礼儀正しく礼をした。年は十二才くらいに見えるが、動じず大人びていた。
「私がチェスに参加する時は、クラウン大僧正にラルゴをビショップに推薦したいと思っています」
エーデルは気の早いこと、と思った。しかし王の厚い信頼は軽口で流すような軽い物ではない、と感じられた。エーデルはその後客室に案内され、時間を置くと王の私室に誘われた。
王の私室の突出し窓からは、王城の前に広がるスターチスの草原が見渡せた。エーデルは子どもの頃、スターチス王の国とデンファーレ王の国のチェスを見たことがあった。
チェスの一環で行われた団体馬上試合を観戦した帰り、小さなエーデルはシエララントに立ち寄った。王城のそばまで様子を見に行くと、スターチスの野原が広がり、そこでは王城に集まったポーン達が旅立つ所だった。ポーンの一人がエーデルに気付くと、近寄って話し掛けた。
「シエララントの草原は景色がいいですよね」
「私はポーンの方々が良い戦いを楽しめるよう祝福いたします」
エーデルの挨拶に、旅人は微笑んで答えた。
「スターチスのお花はお好きですか?」
「ええ、綺麗な草原ですね」
「僕は花を摘んでお渡ししたい所ですが、花を摘むのは“王を詰む”と似通っているため西大陸の花売り以外は敬遠するし、ポーンの僕にはできません。何も残すことはできませんが、できれば遠くからでも応援していて下さい、エーデル様」
「まぁ、ご存知でしたのね」
白のポーンは頷いた。
「僕はスターチス王の方々とは良い縁を頂いております。エーデル様もこの草原がお好きならば、きっと良い縁に繋がれるでしょう」
旅人は仲間に呼ばれ、旅に戻った。エーデルはスターチスの花が好きだ、と気付いた。
その話をエーデルはスターチス王に話した。スターチス王は温かい瞳で笑った。
「その方とも、きっとまた会えますよ」
話は流れ、スターチス王も窓の外を眺めた。街道から騎士が帰ってきた所だった。スターチス王は話した。
「インガルス家という騎士の名家にロッドという少年がいるのですが、まだ十才に満たないのですが才気溢れる少年なのです。将来私の王城へ仕える約束なのですが、私は今から楽しみにしています」
スターチス王は王としての横顔を見せた。柔和な笑顔には、国の将来を見据えた眼差しがあった。エーデルはスターチス王は才能を見つけるのが早く、年端もいかないうちから目を掛けるのが得意なのだ、と思った。そしてその人々に敬愛の念を抱き大切に接する。
この若い王の国は強く、穏やかな空気で治められている、とエーデルは感じた。その遠い先を見る温かな眼差しはエーデルの心を穏やかにし、隣で見ていたい、と思わせた。
エーデルはこの国の女王になったら、この穏やかで、しかし強い王と生涯を共にすることになる、と思った。それも良いでしょう、と心の中で答えを出した。
「その少年を私も一緒に見てみたいですね」
「今度この城にインガルス公と挨拶に来る時があれば、あなたも呼びましょう。とても力が強く、俊敏で、礼儀を重んじるんですよ」
「いいえ、私はあなたの玉座の隣に座って謁見しましょう」
スターチス王はエーデルを見た。
「それは私の気持ちに応えて頂ける、ということですか?」
「ええ」
スターチス王はエーデルの手を取り、口づけした。
「ありがとう、エーデル」
「あなたは本当に私を女王として招きたいのですね?」
「ええ。私の心は変わりません。スターチスの花にかけて誓います」
「私は気が強い方だと思います。私が女王だとあなたを尻に敷くかも知れませんよ?」
「あなたの意見なら喜んで聞きましょう」
スターチス王はにこやかに笑った。
「それは冗談です。あなたはいつも穏やかですが、芯が強いと思います。私はあなたの愛情を愛おしく思います。もし私が女王にはなるがチェスに参加するのは嫌だと申したら、あなたはどうするのですか?」
スターチス王は顔色変えずににこやかなまま答えた。
「それではその時は王家の女性を招聘してクイーンになってもらいましょう」
「チェスの間、王様はずっと眠りに就くのですよね。あなたはアリスを呼ぶでしょう? 体に負担がかかるでしょう。私は心配だからチェスに参加するのは止めて欲しいと思うかも知れません。そう言ったら、あなたはどうします?」
「それは私を案じてくれるということですね?」
スターチス王はにっこり笑った。少し頬が紅潮したように見えた。
「それではこうしましょう。私が眠る間、エーデル、あなたの魔法を借りましょう。あなたは私に魔法を掛け、私を守って下さい。私の体の負担も減るでしょう」
「ええ、分かりました。私は女王になりましょう。そしてチェスでは一緒に戦いましょう」
***
エーデルは眠りに就く前に、一人王の間に立ち寄った。夜であり、誰もいなかった。
「王はプロミーとロッドのことを予想されていたのですね」
エーデルは眠れる王に話し掛けた。
「私は微笑ましいと思います。あなたの気持ちが変わらないのも存じております」
王は今、異界の夢を見ているのだろうか、とエーデルは思った。エーデルはささやいた。
「長い年月で培った気持ちは大切なものでしょう。私はあなたの全てを愛おしく思います」
エーデルは王の手に口づけをした。