Ⅺ 女王の昔話 7. 王さまと半獣の血を引く王女 1
エーデルは白の城の王の間で眠れる王の顔をそっとなでた。手を触れた所では、温かな光を放っていた。今はブラッカリヒトが王の姿に変わっているのではなく、王その人が寝台で眠っていた。チェスの間、ルークは一度王の姿で相手方のプレイヤーを欺くと、二回目の変化はしない。ブラッカリヒトは赤のプレイヤー、フローが王の間に訪れるまで、王を異空間に隠し、自分が身代わりになっていた。ルークがキングを自分の異空間に隠すことをチェスでは王の入城と呼ぶ。王の入城は一回しかできないルールだった。
正午になる前のひと時、王の間にはエーデルしかいない。他の時間はブラッカリヒトやラルゴやレンが、ゲームの情報を集め会議をする。リュージェはいつも王城の書庫で調べ物をしている。ピアスン・ワトソンはふらふらと城やその周りを散歩し、マーブルがクロスを見つけてくれるのを待っている。マーブルはほぼ一日中礼拝堂の屋根裏部屋で情報収集をし、夕暮れのひと時だけ王の間に顔を見せて一日の情報を報告する。ブリックリヒトは王城にいるが御前会議には出席しない。クロスを失った者は、チェスでは御前会議には出席しないのが通常だった。ロッドは王都の自分の館にいて、チェスの進捗を見守っていた。
エーデルが一人になるのは、城守りのブラッカリヒトと王付き僧侶ラルゴの気遣いだった。この二人は王の大事な相談役で、チェスに関係なく王城守護魔術師は王の間で寛ぐのが普通で、若く聡明な王付き僧侶は王の相談に乗り、伝令を伝える。最も近しく身内のような家臣たちだった。この二人は、エーデルが王と二人きりになる時間を作ってくれていた。目覚めぬ王は夜を共に過ごす時間を持つことができない。代わりに午前のひと時、穏やかな時間を持つことがいつの間にか定着していた。
エーデルは王のそばの椅子に座り、魔法本を読んだ。城にあるチェスのことが書かれた魔法本は、王家で管理しており、チェスに参加する間は女王が預かっていた。試合があると、王の間で本を読み上げるのは王城に勤める僧侶の仕事で、それを近場の町の教会へ伝書鳩を使って知らせるのも僧侶達の仕事だった。ビショップに選ばれた者は、忙しいのでこの作業はしない。王城には多くの僧侶が勤めている。王城では教会組織と協力し、教会組織の情報網を借りて伝令を伝えていた。
王の間にラルゴとレンが話している声が聞こえてきた。もうすぐ正午だった。ラルゴとレンが到着すると、ブラッカリヒトが王のそばに姿を現した。
ラルゴが新しく得た情報を皆の前で報告した。
「八月二十六日昼の情報です。二つありますが一つ目が、ナイトのラベルさんがノラでプロミーさんと無事合流されたそうです」
「それは良かったですね」
エーデルが微笑んだ。
「早ければ二十三日に合流の予定でしたが、ジャスミンさんの罠を警戒してノラに先回りして貰うように考えたのはレンさんです」
ラルゴはレンを引き立てるように言った。レンは視線が集まり一歩引いた。
「あの、プロミーさんは元々強い方だったようです。ラベルさんは旅の付き添いと、後日談を語る役目になりそうですね……」
レンが控えめに発言した。ブラッカリヒトが言った。
「チェスの間に現れる異空間の城のことだね?」
レンは小さく頷いた。
「私は行けないから、ラベルの話を楽しみにしているよ」
「では、もう一つの報告です。赤の昇格したクイーン、フローがハイスへ行きガーラさんと会ったそうです。試合はしない模様です。これもレンさんの予想通りになりましたね」
ラルゴはにこりと微笑みレンを見た。レンは羽扇で顔を少し隠した。
「フローを足止めする策は大成功で良かったよ」
ブラッカリヒトがレンを称賛した。ブラッカリヒトは王を守る心意気が強い。ブリックリヒトは公平で遊び心があり負けず嫌いな所がある。それでタージェル遺跡のクエストに参加した。ブラッカリヒトはブリックリヒトより心が王に近しい。それで王城に残っている。
レンが言った。
「今僕が心配なのは、白の城へ向かっている赤のポーン、運び屋のルーマさんのことです。彼女には情報がありません。どのように戦うのかが分からないので困っています。一人で攻めに来るということは、ルーク戦の用意が出来ている、という意味だと思います。
今白の城を守備しているのは、女王エーデル様と、ブラッカリヒトさんと、資料本製作者のリュージェさんだけです。エーデル様は赤のクイーンのアキレス様を牽制されているので、自由に戦えるかは分かりません。ルークの防御を越えることが出来る方なら、残りはリュージェさんしかいなくて心もとないです。または一つ解決策がありますが、それは運に任せるような策です……」
エーデルはレンに言った。
「予定では、二十九日夕に赤と白それぞれの攻め手が王城手前の草原に辿り着きますね。どちらが早くチェックを掛けるかは、白の攻め手達を信じるしかないでしょう」
「そうですね」
レンは答えた。それは不安を抑えたものだった。
話し合いが終わると、エーデルは食事を摂りに私室へ戻った。