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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅺ 女王の昔話
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Ⅺ 女王の昔話 5. 霧の僧侶 2

 王が二十四才の時、王女アキレスと結婚した。王女アキレスは硬骨の人だった。王城では王が変わられるかもしれないと噂された。王城の中では、今までの王のやり方を批判する者と迎合する者は半々といった所だった。騎士は比較的薄暗いことを嫌い、これを機に王の陰のように寄り添うブラックベリが失脚してくれれば、と隠れて話す者もいた。


 女王となったアキレスは、デンファーレ王のやり方には口出ししなかった。しかし、王の間に玉座を持ち、そこに座っているだけで遠慮する者が出てきた。ブラックベリは構わず自分の仕事を熟すだけだった。ある時、ブラックベリが夜に僧侶の仕事を終え、王城の私室に戻る時、帰りを待っていたように、王が回廊に立っていた。そこは人が通らず、ブラックベリ自身がヌクエラ出身の部下と密会する場所だった。ブラックベリは頭を上げて、眼を細めた。


「どうされましたか、王よ」


「顔を合わせするのは久しぶりのように思う。そんなことはないのだが」


 ブラックベリは王の考えを推し量った。そして今夜は特に依頼があるわけではない、と判じた。


「少し夜風に当たりましょうか?」


 王の心使いを感じ取り、ブラックベリは一緒に散歩することを申し出た。


「我が意を得たり、だな」


 王は頷き、中庭へ歩いて行った。


 中庭では止まった噴水の水がゆらゆらと月を映していた。


「夜に私室を離れても宜しかったのですか?」


 ブラックベリはアキレスのことを気遣った。デンファーレ王は言った。


「アキレスには説明できることは話した。しかし全てではなく、話さないでいることも知ってもらった。アキレスとはお互い変えようとはしないことを認め合っている」


 それは、女王アキレスが王の間にいることによって王城の空気の流れが変わり、その逆風をブラックベリが受けていることを読んで、状況を伝えに来た、という意味だった。


「私は変わる気はない。隠れた話がしづらくなったので、このように隠れた場所へ行き話をする」


 デンファーレ王はいつもの鋭い眼を光らせた。ブラックベリは一言答えた。


「ご随意に」


「騎士たちとは距離を空けていれば、おのずと戯言は消えるだろう、ブラックベリ」


「そのように致します、王よ」


 ブラックベリは特に気にする風もなく答えた。賄賂や密談が当たり前で育ったブラックベリは、他の清く生きている者との空気の違いは慣れていて、違う世界だと思って受け流していた。


「私は結婚してチェスも近くなった。その時は、ブラックベリをビショップとして任命する。その時も右腕となって助けてくれ」


「ありがたきお言葉、謹んでお受けします」


 霧が流れて来た。ブラックベリは言った。


「風邪をお召しになっては宜しくありませんので、そろそろ戻りましょう」


 デンファーレ王は思いついたように言った。


「そうだな、これからはブラックベリのことを呼ぶ時は、夜霧と呼ぼう。これからも夜に訪いたいと思う」


「お心のままに」


 金の瞳の僧侶は、優しく答えた。



 赤の国デンファーレ王と白の国スターチス王の間でチェスが始まった。青年王が初めてチェスに参加した時は、周りの国の者達が遠慮して、盤上のチェスでは白が先手なので、青年王にも白を譲った。その慣習が今も続いていて、青年王の血を引くスターチス王の国がいつも白を持つ。“チェス”では先手後手というものはない。


 王は今回もチェスの賭けに参加した。もちろん自分の国に賭けた。その配当金は、毎年ブラックベリにも流れ、今回も同じだった。


 ブラックベリは白のビショップを出し抜き、白の駒のクロスを手に入れた。それはニストの町に預けていた。ブラックベリは白のビショップが諦めるものだと思っていた。しかし時間が経つにつれ、王城に止まる伝書鳩は増えていった。それはブラックベリの動きを一瞬も見逃さないという気迫が感じられた。


 ニストとヌクエラにはクロスが隠されていると噂を流された。出所は白の闇のビショップだとすぐに分かった。その噂は西大陸中に広がり、赤の国の人気を落とした。駒のクロスを隠したのはブラックベリが単独でやったことだが、王には報告していた。


 ニストでの攻防で白のビショップマーブルを騙してクロスを移動できたものの、駒のクロスを隠していたことは西大陸中に知られることとなった。ニストの教会には晩鐘の知らせでクロスはヌクエラにあると偽った伝令を流したが、西大陸中に百五十一ある魔法本ではニストを示していたからだった。


ブラックベリは慎重に事を運んでいて、伝書鳩の監視の眼も躱せる力があった。相手のマーブルは目立つ所はないが、根気強い性格の持ち主だとは調べて知っていた。情報戦を戦っていたが、しかし油断したのだと思った。


 違う世界にいた者が、同じ世界に足を踏み入れ、戦っている。この戦いは始まった時に考えていたよりは事は重たいようだった。ブラックベリは思った。いつものように機械的にやろうと。そしてもし顔を合わせての戦いの時が来たら、それも仕方がないと。


 ニストからヒメネスへクロスを移動させた時、王が現れた。王はブラックベリの疲労に気付いて、労わった。この王は、優しい。それは大事な戦友を持ったような気持だった。赤のポーンの暗殺者がゴシップを拡げたが、ブラックベリには一笑に付す戯言だった。ブラックベリは王を見送った後、ふっと笑った。


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