Ⅺ 女王の昔話 4. 矛盾を抱える女王 2
王城内のアキレスの私室には一本のデンファーレが窓辺に飾られている。それは時間魔法を使い、枯れないようにしていた。
アキレスは元々他国の王女であり、騎士であった。団体馬上試合に参加し、功労者として表彰された時、賞品の鷹を渡したのがデンファーレ王だった。その時はアキレスは美麗な王だな、と思っただけだった。
その一ヶ月後アキレスが馬上試合に参加した時、デンファーレ王は指輪を形見に贈った。どの騎士よりも勝る突撃と剣技を見守っていると。アキレスは同性から応援と尊敬の意味を込めて形見が贈られることは多々あったが、男性からは初めてであった。応援する想いに違いはないと思い、アキレスは指輪を受け取った。
団体馬上試合が終わると、アキレスはデンファーレ王を探した。王はアキレスが来るのを見ると、足を止めて挨拶をした。
「今回の戦いもみごとであった」
「私に指輪を預けたのはどういう気持ちからだろうか」
デンファーレ王はふっと笑った。
「察して頂きたい。これからも私は形見を贈ろう」
デンファーレ王はそう言葉を贈ると、従者と共に去って行った。アキレスは王城に戻ると、デンファーレ王について調べた。
デンファーレ王は七才で戴冠した王だった。幼少より聡明であり、狡猾であるという評判だった。現在は二十三才で、アキレスと同い年であった。デンファーレ王の国はきな臭い噂が流れていた。自治都市を賄賂で買収し直轄領にしたとか、宗教都市にお金をばらまいて意のままにしているなどである。好かれてしまった相手は一筋縄ではいかない者だと知り、アキレスは困惑した。なぜ強直で知られる自分に好意を寄せるのか分からなかった。
その後もアキレスが馬上試合に参加する時は、デンファーレ王から形見が贈られた。ある時アキレスは馬上試合の前日の夕方、王を散策に誘った。
「鷹は元気であるか?」
デンファーレ王は挨拶と共に、取り留めもない話を始めた。アキレスは相手の話に合わせた。
「よく慣れた鷹だった。キジやカモを獲ってくれる」
「私の国ではまだたくさん鷹がいる」
「それは見てみたいな」
アキレスは遠くを見ながら言った。デンファーレ王は返した。
「では、今度は私の国に来たら良い」
アキレスはさっと返しの言葉を考えた。
「正直言おう。私は知られている通りの性格だ。私があなたと寄り添おうとしても、あなたのやり方に口を出さずにはいられないだろう」
デンファーレ王はふっと満足げに笑った。
「それで良い。私には覚悟がある。汚い仕事は私が行う。アキレスが変わることはないし、そのままでいて欲しい」
「よく考えさせてくれないか、デンファーレ王」
アキレスは落ち着いて答えた。目の前の好意は嘘ではない、と感じた。
「私は待とう」
デンファーレ王は切れ長の目を細め、笑った。
それからアキレスは馬上試合の時、デンファーレ王に会う時間を作った。そして形見を受け取り、戦いの時身に着けた。
そして、ある時再び王城へ誘われた。アキレスは誘いを承諾し、従者を連れてデンファーレ王の国へ行った。王はアキレスが訪うと、鷹狩りに誘った。次の日二人は従者を連れて野原へ行き、鷹狩りをした。そこでは野鳥を狩り、その夕食時アキレスは野鳥の料理でもてなされた。
その夜、客室で休んでいたアキレスは王の従者から王の間へ呼ばれた。王の間ではデンファーレ王が温かなコーヒーとチェスセットを用意していた。
「アキレスよ、今宵は眠る前に一戦願えるだろうか」
アキレスは少し戸惑った。デンファーレ王はスターチス王と並ぶ西大陸の中でもチェスが得意な王だった。アキレスはチェスはできるが特段強い訳ではない。
「私で相手になるだろうか」
不思議な提案に疑問を持ちながら、アキレスは王の前に座った。コーヒーは良い香りがした。アキレスが先手の白を持ち、ゲームは始まった。デンファーレ王は赤い駒を容赦なく動かしゲームで主導権を持って進めた。デンファーレ王は語った。
「私は容赦ない性格だし冷徹なこともする。意見が合わないことの方が多いだろう。しかしアキレスを傷付けることはしないし、私が眠れる時は見守ってほしい」
デンファーレ王は試合を途中で止めた。
「噂に違わず強いのだな」
アキレスは話を逸らした。デンファーレ王はコーヒーを一口飲んだ。
「私は在位中に“チェス”を行うだろう。その時、アキレスにそばにいて欲しい」
デンファーレ王は静かに言った。アキレスはこの気の強い王の素直な顔を見た、と感じた。求婚にアキレスはすぐには答えられなかった。デンファーレ王は軽く言葉をアキレスの心に置いた。それは照れ隠しのようだった。
「今度会う時は、詩の一つでも吟じられるよう用意しよう」
翌日の帰り際、アキレスはデンファーレ王に礼を言った。
「昨日は楽しかった。鷹を多く飼っているとは本当だったのだな」
「また来ると良い」
デンファーレ王は城門の外でアキレスが見えなくなるまで見送った。




