Ⅺ 女王の昔話 3. 足止め 4
デンファーレ王は目覚めて御前会議が終わると、食事を済ませてから政務室で今日の政務を処理する。その後夜遅くに王は私室に引き取りアキレスと過ごす。もちろんその前に洗髪を欠かさない。
王は私室で落ち着くと、コーヒーを飲みながら16×8マスの紅白のチェス盤を動かし黙して熟考する。
深夜を回った頃、王はそっと扉へ向かった。
「王よ、どちらへ?」
アキレスはデンファーレ王に尋ねた。
「少し夜霧に当たってくる」
デンファーレ王はいつもの言葉で私室を出た。夜霧とは側近の僧侶ブラックベリのことである。密談を交わしに行く時、王はそのように言う。その密やかな話は王はアキレスに言わない。アキレスは王の考えに立ち入らない。王は国内でも硬骨の士として人気のある女王アキレスに不正の話を引き込むことを避けている。それは冷徹な判断であり、反対にアキレスに惹かれる気持であった。王とアキレスの心の距離は遠いようでとても近かった。
アキレスは王を待つ間、不正を止められず心苦しかった。黙認するということは加担する、という意味だった。それは気が重かった。しかし意表を突く作戦を重臣と練っているかも知れず頼もしくも思っていた。人には矛盾があり、アキレスにはその距離を保つ温度が心地良いものだった。
密談は短かった。帰ってきたデンファーレ王は難しい困難を抱えながら不敵に笑んでいた。アキレスは何を話していたかは聞かない。
「今宵はこれで休む」
デンファーレ王は下着になり、王冠をアキレスに渡し床に入った。毎晩夜遅くに私室で眠ってから、朝日の昇る前に起きて王の間で眠り直す。王の間で眠る時は正装をしている。
「王よ、ゆっくり休まれよ」
アキレスはデンファーレ王が私室で寝入る姿を見る時間が好きだった。その間はこの美麗な王は無防備である。アキレスは寝入りの早い王をしばらくの間見守っていた。